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HISTORY

IBC小史

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1953

岩手放送株式会社・設立

昭和28年(1953)12月7日 岩手放送株式会社 設立。
12月5日の創立株主総会を経て、この日の設立登記をもって正式に設立。資本金5,000万円は大口スポンサー、地元各市町村、一般市民から公募、「県民のラジオ」となることを目指した。

1953

ラジオ開局

昭和28年(1953)12月25日 ラジオ開局。
コールネーム「ラジオ岩手」、コールサインはJODF。(コールサインは国際電気通信条約をもとに決める。日本はJAAからJSZの範囲で使える。日本の放送局はどこでも頭にJを使う。ラジオはJの次にO。JO以下の字はSZまでの範囲で政府が決める。民間放送は最初、末尾にRを使うことにし、JOARからJOZRまで割り振った。ここでRを使い切ったので今度はFを使うことにしてJOAFとなり、ラジオ岩手のJODFが決まった。今は、あまりこのコールサインを聞くことはありませんが、毎週日曜の深夜・月曜の早朝、放送の終了・開始の時に流れています)

1959

テレビ開局

昭和34年(1959)9月1日、10時45分からの「テストパターンコンサート」で放送開始。
地元に根ざしたニュース、番組はもとより、ネットで送られてくる人気番組を放送、県民の期待に応えた。

1964

新社屋移転

昭和39年(1964)10月1日。
旧社屋が狭く、テレビ放送も始まったことから、現在の場所に新築移転した。

1966

テレビカラー放送開始

昭和41年(1966)9月18日、カラー放送開始。
この当時、カラー受信機は県内でおよそ2,000台、カラー番組はTBSネットの「歌のグランプリショー」「ウルトラマン」「スーパージェッター」「ルーシーショー」の4本。

1966

第1回親善高校ラグビー放送開始

昭和41年(1966)11月3日、田沢湖線開通記念「親善高校ラグビー」テレビ中継。 これが今に続くIBC杯争奪親善高校ラグビーの始まり。

1968

十勝沖地震発生

昭和43年(1968)5月16日。
マグニチュード7.9、盛岡震度5の強震。沿岸に津波襲来。国鉄不通個所続出。これらの被災状況をJNNニュースなどに八戸市から全国中継した。

1971

「おはよういわて」スタート

昭和46年(1971)4月5日。
岩手放送初めてのテレビ・生ワイド番組。県民の幅広い支持を受けてこのあと昭和55年(1980)9月まで続き、2,374回をもって終了した。

1971

ラジオカー720活動開始

昭和46年(1971)4月30日、ラジオカー「IBC720」が県内を走り始めた。
途中からIBCの周波数が変わったので、今は「IBC684」の名前で活躍中。

1971

全日空機空中衝突事故

昭和46年(1971)7月30日午後2時5分頃、北海道千歳空港から羽田空港に向った全日空の58便ボーイング727と航空自衛隊F86ジェット機が、雫石町の上空で空中衝突して両機とも墜落、全日空機の川西機長ら乗員7人と乗客155名が死亡した。

この事故を取材するため、まず2時30分頃、取材班第一陣が現地へ向けて出発した。取材体制は休暇中の報道部員や社内の報道経験者などを招集して敷かれた。テレビ中継車やラジオカー720は午後3時過ぎに出動して、「遭難対策本部」の設けられた安庭小学校にまっ先に陣どり、空からはチャーターしたセスナ機で取材した。

現地からの中継の画は、IBCが最も早く、午後6時から全国に向けて放送されたTBSの「特別番組」はスクープ放送となった。

1974

IBCカップ放送開始

昭和49年(1974)8月20日、岩手県アマチュアゴルフトーナメント「IBCカップ」開始。
第1回は八幡平CCが会場。

1977

ニュースエコー放送開始

昭和52年(1977)4月4日、夕方のテレビ・ワイドニュース「ニュースエコー」が始まった。
写真は初代キャスター・河辺邦博、八重樫尚子。

1978

第1回ラジオ・チャリティ・ミュージックソン 放送開始

昭和53年(1978)12月24日正午から翌25日の正午まで、24時間の生放送で「通りゃんせ基金」への募金を呼びかけ、24,061,947円の善意が寄せられた。
以来累積3億3千万円余の募金が集められ(2002年現在)、目の不自由な方々、体の不自由な方々のために使われている。

1982

開局30周年記念映画「遠野物語」完成

昭和57年(1982)年10月6日、岩手県民会館で完成披露試写会。
この後10月30日封切りで全国上映。

1986

新IBC放送会館竣工

昭和61年(1986)年6月7日、新しいテレビスタジオなどを増設、IBCは現在の姿になった。

1987

IBC冬休み少年少女海洋教室開催

昭和62年(1987)1月6日〜14日、グアム・サイパンに向け船の旅が始まった。
この旅がベースになり、翌年からIBC少年少女友情の船がスタート、以後12回で5,000人余の少年少女が大型客船で太平洋の航海を体験した。

1993

アルペンスキー世界選手権盛岡・雫石の中継

平成5年(1993)2月2日〜14日、’93アルペンスキー世界選手権盛岡・雫石大会を前夜祭から表彰式まで、ラジオ・テレビで中継放送。

1994

テレビドラマ 「マイ・マザー・リバー〜むすんでひらいて」を制作

平成6年(1994)5月10日。二戸市の小松シキさんの自伝をもとにしたテレビドラマをIBCが制作、全国29局ネットで放送した。

1995

阪神大震災で連続41時間、特別番組を放送

平成7年(1995)1月17日8時30分から18日0時30分まで、未曾有の大震災をJNN特別番組として放送し続けた。

1996

NHK盛岡と初めてドキュメンタリーを共同制作・同時放送

平成8年(1996)2月2日、北上川キャンペーンの一環として、環境と川をテーマにドキュメンタリーを共同制作、同時放送をした。

1996

IBCホームページ開設

平成8年(1996)10月1日。ホームページはこの日からはじまった。

1999

IBC主催・熊川哲也バレエ 盛岡公演で大反響

平成11年(1999)6月9日、東北北海道で盛岡が唯一の公演とあって全国各地からファンが殺到、県民会館は異様な熱気につつまれた。

2000

IBCに県内マスコミ初 神山気象予報士誕生

平成12年(2000)3月14日、難関中の難関を突破、IBCアナウンサー・神山浩樹がはれて気象予報士試験に合格した。

2001

iモード公式サイト開設

平成12年(2001)10月16日、県内マスコミの先陣を切ってiモードに公式サイトを開設した。

2002

開局50周年記念映画「壬生義士伝」完成

平成14年(2002)12月5日、岩手県民会館で、完成披露試写会開催。
翌1月18日から全国で公開。

2003

「じゃじゃじゃTV」放送開始

土曜朝の生情報ワイド番組
初代キャスターは、照井健・佐藤雪江

2003

IBC開局50周年記念日

平成15年(2003)12月25日。

2006

地上デジタル放送 開始

平成17年(2005)5月 社屋増築(デジタルセンター)工事竣工
平成18年(2006)10月 地上デジタルテレビジョン放送開始

2008

IBC開局55周年キャンペーン「いのち。伝えたい」

「命を守ること」にIBCとして向きあうキャンペーン。
命を守ることに努力する人、困難に立ち向かいながら懸命に生きる人々などを、テレビ・ラジオ、様々なイベントを通じて紹介していく。

2010

「岩手弁かるた」発売

平成22年(2010)11月20日発売。
ラジオリスナーから募集した読み札は秀逸作。

2011

東日本大震災

平成23年(2011)3月11日午後2時46分、M9.0の地震発生。
テレビ・ラジオは通常の番組を中断して特別番組を放送。また、Web・SNSでも安否情報や生活情報などの震災関連情報を発信。

2012

テレビのアナログ放送終了

昭和34年(1964)9月のテレビ放送開始以来52年半あまり、途切れることなく発射し続けたアナログ電波が平成24年(2012)3月31日に停止。

2013

「わが町バンザイ」放送開始

毎月第3土曜日夕方の番組としてスタート
現在は毎週水曜日午後7時から放送

2013

「いわてアーカイブの旅」DVD発売

IBC映像ライブラリーを活用し、懐かしい岩手の昭和映像集「いわてアーカイブの旅」DVDを平成25年(2013)9月28日発売。

2013

IBC開局60周年

平成25年(2013)12月25日。

2014

「IBCつながるアプリ」公開

岩手県立大学と連携し、「ニュース&コミュニケーション」アプリを開発

2015

ラジオのFM補完放送開始

東日本大震災発生後に山田町に設けられた臨時FM局がFM補完局に

2017

VRアプリ「VR IWATE360°」公開

株式会社ジョリーグッドと共同で高精細VRサービスを開始

2018

開局65周年

平成30年(2018)12月25日。

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