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 津波でねじれた鉄柱や、波に洗われる巨大な津波石。過去の大災害の痕跡を伝える災害遺構は、復興が進み被災の記憶が薄れた後も、自然の強大な力と命を守る教訓を雄弁に物語る。「碑の記憶~遺構編」では、悲劇を繰り返さぬよう願う住民の思いとともに、各地の災害遺構を紹介する。

流失した松林再生へ

タピック45(旧道の駅高田松原)

内部公開に向け改修工事が進むタピック45=陸前高田市高田町
 白砂青松の美観が広がり、海水浴客らに親しまれてきた陸前高田市高田町の高田松原周辺。市史によると1933(昭和8)年の三陸大津波で3メートルの津波が押し寄せ、3人が亡くなった。松林が波を食い止め、市街地は大きな被害を免れた。
タピック45(旧道の駅高田松原)
 
 60(同35)年のチリ地震津波では約4メートルの津波が襲来。防潮堤が決壊し、市街地も浸水した。高田町全体で住家76世帯が流失・全半壊し、3人が犠牲になった。
 2011年3月11日の東日本大震災は、過去を大きく上回る規模の大津波が襲った。高田町中川原地区の浸水高は14・1メートル。店舗や住家が並ぶ国道45号沿いは壊滅的な状態となり、松林は奇跡の一本松を残して約7万本が流失した。
 高田松原の松は昭和三陸大津波とチリ地震津波で一部が被災し、再植林された。震災後はNPO法人高田松原を守る会(鈴木善久理事長)や県が再生を進め、今春にも計約4万本の植樹を終える。
 一帯には高田松原津波復興祈念公園が整備され、19年に新しい道の駅と東日本大震災津波伝承館がオープン。20年に運動公園が復旧した。海水浴場は砂浜約1キロを人工再生し、4月にも一般開放が始まる。7月15日には11年ぶりの海開きを行う。
被災前の道の駅高田松原タピック45。物産館も併設していた(渡辺雅史さん提供)

避難施設の在り方は

 観光情報の発信拠点で、物産館もあった陸前高田市高田町のタピック45(旧道の駅高田松原)。東日本大震災発生時、大船渡市末崎(まっさき)町の会社員千葉幸浩さん(47)ら3人が、屋外の三角屋根の階段を最上段まで駆け上がって助かった。
 「死を覚悟した。少しでも波が高かったら、今は生きていない」。千葉さんはあの日を思い返し、言葉をかみしめる。近くで補修工事の仕事中だった。大きな揺れに「すぐ津波がくる」と直感し、同僚2人と走りだした。
 1991年に開業したタピック45は海側がイベント広場になっており、普段は三角屋根が観客席として使われていた。さらに、高田松原海水浴場から当時の想定浸水区域の外まで約1・5キロあったため、地理に不案内で避難が遅れた海水浴客らの緊急避難ビルに、キャピタルホテル1000と共に指定されていた。
 古川沼の水が引き、波が防潮堤を越えた。水位がぐんぐん上がり、迫ってくる。すぐにまちをのみ込み、一面が海に。市内の建物はほとんど見えなくなった。タピック45にも14・5メートルの津波が押し寄せコンクリートの内壁が押し破られたが、津波にあらがい最後まで立ち続けた。
 九死に一生を得たが、市民体育館などの避難所に逃げたとみられる母と息子は犠牲になった。「自分は運よく助かったが、ここなら大丈夫と思った避難先で亡くなった人もいる。犠牲者を出さないために、避難施設はどうあるべきか。遺構を見る人には考えてほしい」と強く訴える。
 犠牲者が出ておらず、復興事業にも支障がないとして、市は2012年に遺構としての保存を表明。今春から内部を一般公開する。
 内部は流れ込んだ松やがれきがほぼ当時のまま保存されている。見学は有料で、市観光物産協会の高田松原津波復興祈念公園パークガイドが案内する。同協会の桑久保博夫事務局長(43)は「津波の威力を五感で感じてほしい」と願う。
高田松原津波復興祈念公園内のタピック45(右下)。海側では松林の再生が進む(岩手日報社小型無人機で撮影)

新しい姿を見せたい

「新しい道の駅から魅力を発信したい」と力を込める寺坂優斗さん
陸前高田市高田町 道の駅高田松原従業員
寺坂優斗さん(25)


 高田町のうごく七夕まつりの後、タピック45の屋外広場に山車を展示していた。そこで、松原祭組の一人として太鼓をたたいたのを覚えている。
 昨年12月から高田松原津波復興祈念公園パークガイドの講習を受けてきた。道の駅で自転車ツアーの準備をしており、コースに震災遺構見学を組み入れるつもりだ。被害状況や津波浸水高は、写真や映像で見るのと実際に目にするのとでは大きく違う。
 タピック45を見て東日本大震災の被害を体感し、津波伝承館で震災からの歩みを学んだ後、新しい道の駅で復興を実感してほしい。
 震災発生から10年となった。記憶と教訓をしっかり後世に伝え続けなければならない。ただ、いつまでも被災地ではいけない。いい意味で被災地だったことが忘れてもらえるよう、新しい姿を見せていきたい。


(終わり)

2021年06月11日 公開
[2021年03月11日 岩手日報掲載]

遺構の場所を確認する

陸前高田市・タピック45(旧道の駅高田松原)

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遺構周辺の状況が体感できるVR動画は、東日本大震災の月命日に合わせて毎月1回配信します。
VR動画は、IE(インターネット エクスプローラー)・Firefox(ファイア フォックス)ブラウザでは正常に再生できません。Microsoft Edge(マイクロソフト エッジ)・Google Chrome(グーグル クローム)などのブラウザで閲覧することをおすすめします。