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03月08日(火)のテーマ

収容所照らした“仏陀”~盛岡生まれの医師・可児和夫さん

第2次大戦後のドイツでソ連が占領した収容所に抑留された、ただ1人の日本人がいた。多数の餓死者を出したといわれる「地獄」のような場所で、医師として「微笑む仏陀(ぶっだ)」と呼ばれた岩手の先人の足跡を追った。

担当記者:金野 訓子

入社14年目 大船渡市出身
報道部、北上支局、東京支社を経て2014年10月から報道部。現在は教育記者クラブ担当

今も心に残る取材

毎年の3月11日午後2時46分。一昨年は災害公営住宅で一人暮らしする高齢女性と部屋で一緒に過ごした。追悼式やイベントに目が向きがちだが、一つのリアルを伝えられたかなと思っている。

マイブーム

パンダと沖縄とパラビ

左手にマイクを持って右手でスクリーンを指している写真がありますね。

盛岡市内の高校で震災に関する授業をしている様子です。普段は一般的な取材活動をしていますが、過去に震災に関する報道に携わる期間が長かったので、そのときの経験を震災の記憶が薄い子供たちに伝える活動もしています。

子供たちの反応はどういう感じですか?
 

徐々に震災当時のことを知らない子が増えているという印象ですが、当時あったことを語るとすごく聞いてくれて、記憶を持っている私たちが伝えることが大事だと感じます。

収容所照らした「仏陀」 盛岡生まれの医師・可児和夫さん

金野記者の記事を読む放送で紹介した記事はこちらからご覧いただけます

この記事を書くきっかけは?
 

生前の高齢だった可児さんを知るドイツ在住の日本人ジャーナリスト・中島栄子さんという方が可児さんに人生を知りたいということで調査活動していることを人づてに聞いたことです。

可児さんは1964年に「百聞は一見に如かず」という書籍を出版されていますね。

この本は日本のことをドイツ語で紹介する本です。タイトルは可児さん本人の直筆で、一番初めに出てくる写真が宮古市の浄土ヶ浜の情景です。

岩手の風景を載せるということは、ふるさとに対する思いをずっと持ち続けていたからなんでしょうね。

若くしてドイツに渡ってから92歳で亡くなるまで日本に戻ることはなかったと言われています。そういう中でも日本を紹介する本でメインにふるさと岩手の写真を持ってくるというのは、やっぱり古里への思いを持ち続けていたんだろうと感じています。

放送を終えて

@ibc_iwate 3/8 #でじらぼ 第2次世界大戦後、収容所に抑留された医師、唯一の日本人だったという盛岡出身・可児和夫さんについて、金野訓子記者に伝えていただきました。可児さんの行動に感銘を受けると同時に、争いの惨さも、改めて強く感じます。#IBCradio #岩手日報 #IBC岩手放送 ♬ Try Something New - Alex Arias & Alexander Julius Wright
岩手の七つ星 輝いた~北京冬季五輪 TOP 鵜住居とともに~被災地ではなく“古里”として