気象と防災 マメ知識!

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気象と防災 マメ知識!

気象予報士・防災士の神山 浩樹(IBCアナウンサー)がお届けする5分間。

◆放送日時
毎週土曜日17:50~17:55
番組開始:2009年4月〜

◆出演
神山浩樹(IBCアナウンサー)

お便り・お問い合わせ

496回「警視庁ツイッター」2018年11月10日OA

2018年11月10日 6:00 PM

今日は警視庁警備部災害対策課のツイッターについてです。いざという時に役立つ防災情報を発信していて、2013(平成15)年から始め、今ではフォロワーと呼ばれる登録者が76万人を突破する人気ぶりです。今年の情報からいくつかピックアップしてみます。絆創膏に関する2つのツイートで、1つ目は9月4日の「剥がれにくい貼り方」。粘着部両端の真ん中に切れ目を入れます。例えば手の指をケガした際、患部に当てた後、切れ目を交差させて貼ると、普通に貼るより剥がれにくいというものです。2つ目は6月28日の「靴底に貼り滑りにくくする方法」。両方の靴底の爪先とかかとに絆創膏を貼るだけで、雨に濡れた路面で滑りにくくなるというものです。投稿者は「水に濡れるとすぐに剥がれそうですが先日やってみたところ1日履いても剥がれませんでした」とコメントしています。紹介した2つの知恵は覚えておくと役立ちそうです。

日頃の備えで使えるのが2月28日にツイートされた、光を蓄える「蓄光テープ」です。投稿者の自宅でブレーカーが落ち、家族が「懐中電灯の場所が分からない」と慌てた経験から備えたものです。蓄光テープを懐中電灯の他、ドアノブ、非常用持ち出し袋がある場所等に貼ったところ、思った以上に暗闇で光り、安心に繋がったそうです。確かに手の届くところにあったとしても、暗闇で懐中電灯を探すのは大変です。シンプルな方法で、参考になります。

その他、プルトップ型ではない「缶詰」を、道具を使わず開ける方法が10月16日に掲載されていました。蓋の縁をコンクリートやアスファルトに円を描くようにこすりつけるというもので、構造上、蓋の接合部分が削れると開けられるからなそうです。蓋を取る際、砂等が入らないよう気をつける必要があります。又、5月31日のツイートでは、「瓶の蓋」が開かず困った際、瓶を逆さにして置き、底を掌で叩く方法が紹介されています。振動により、瓶と蓋の間に空気が入り、開けやすくなるからなそうです。瓶が割れたり、手を痛めたりしないよう注意が必要ですが、こちらも試してみたくなります。防災のプロが発信する警視庁のツイッターは「警視庁警備部 災害」で検索すると御覧になれます。

 

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492回「外国人の防災」2018年10月13日OA

2018年10月13日 6:00 PM

奥州市のILC国際化推進員、トマス・アンナさんに「外国人の防災」についてお聞きしました。アンナさんは子どもの頃から日本語に興味があり、2010年に英会話講師として来日。自然の豊かさに魅了され岩手にやってきました。2014年からILC=国際リニアコライダー東北誘致を見据えて、地域の国際化を進める仕事を担当しています。

出身地アメリカのオレゴン州ではあまり地震が無く、津波が来たとしても小さく「危ない」という認識が無かったそうです。そして2011年、東日本大震災発生。アンナさんは内陸にいて無事でしたが、語彙力に乏しく、災害情報を得ても意味が解りませんでした。教科書で習った日本語は「田中さんがスーパーに行きました」のような会話だったので、「停電」や「断水」という単語を耳にしても理解できず不安だったと言います。又「列車の運転見合わせ」と言われても「見合わせ?より、乗れるかどうか知りたかった」と当時を振り返ります。単位の違いにも戸惑いました。日本の長さは「メートル」、アメリカでは「フィート」。御自身の身長165センチは「5フィート5インチ」と表現しています。ですから津波の高さ「10メートル」と言われても、どれぐらいなのか、伝わらなかったのです。又、日本の震度にも馴染みがありませんでした。余震を体験し、揺れの大きさを実感するようになったそうです。

現在、災害情報は、観光庁により「外国人旅行者向けプッシュ型情報発信アプリ」が提供されている他、「気象庁のHP」は英語に、「いわて防災情報ポータル」は英語、韓国語、中国語に自動翻訳され、環境が整いつつあります。アンナさんは、ラジオをお聞きの方に「私達外国人は多くの場合、1人で来日します。私はアメリカの母親に会いたくても飛行機で9時間かかります。頼れる人がいません。震災の際、生徒の1人が玄関に来て『困っていることはないですか』と聞いてくれ、家に泊まれ、食べ物や暖房で世話になりました。『水はありますか、御飯はありますか』冬は『寒くないですか』と声をかけてほしい」と訴えます。日本語がわかる私達は、災害時の外国人の不安を理解し、接することが肝要だと痛感しました。

 

491回「教えてドクター」2018年10月6日OA

2018年10月06日 6:00 PM

今回は2016年に発行された「教えて!ドクター こどもの病気とおうちケア」というマニュアルについて取り上げます。長野県佐久地域で、育児に関わる家族の不安を少しでも減らしたいという思いで、佐久医療センター小児科を中心に佐久医師会が作成したものです。

冊子の中には「子どもと防災」のページがあり、「非常時の環境をどれだけ普段の環境に近づけられるか」が備えの大切さと指摘します。乳幼児のいるご家庭の避難バッグのチェックリストに掲載されているのは、1週間に必要な「オムツ」の目安は100枚、手を拭くこともできる「お尻拭き」の目安は200枚、ミルクセットなどです。オムツが無い時、レジ袋とタオルを組み合わせた簡易オムツの作成方法もイラスト入りで描かれています。ミルクセットは、1週間の目安として粉ミルク900グラム2缶や、使い捨て紙コップ1日8回使用として60個です。紙コップは哺乳瓶を殺菌することが難しい状況の際に役立ちます。紙コップを二重にし、粉ミルクを70度以上のお湯で殺菌し溶かします。さました後、赤ちゃんを立てて抱っこし、コップに唇をつけたまま赤ちゃんが自分で飲むようにするものです。母乳育児のお母さんに対しては、免疫成分が含まれている母乳を与え続け、粉ミルクは必要な赤ちゃんへ譲ること。もし避難所で母乳が止まったとしても、安心することで出やすくなることから、パーテーションやテントにより授乳スペースを作ってもらうことを提案しています。

その他、落ち着きのないお子さんとの接し方についてのアドバイスもあります。イメージしやすい行動を丁寧に言葉で伝える例として、「ちょっと待って」ではなく「後30秒待って」、「うるさい!」ではなく「声のボリュームを2にしよう」、「走らないで」ではなく「歩こう」などです。又、ご飯中に遊び始めたり、お風呂の時間なのに本を読み始めたりするような時は、事前に親子で折り紙と牛乳パックを用い名刺サイズのカード「赤色・ご飯」「青色・お風呂」「黄色・着替え」等を作成し、お互いに確認すると、今の行動に集中できるというアイデアも載っています。これらの情報はパソコンなどで「教えてドクター」で検索すると見られ、又、スマートフォン用の無料アプリも配信されています。

 

490回「親子の防災マルシェ」

2018年09月29日 6:00 PM

今月17日、北上市のさくらホールで、子育て中の方が防災を学び、自分や家族を守る「自助」の意識を持とうというイベントが開かれました。講演会の講師はアウトドア防災ガイドの「あんどうりす」さんです。小ホールにはカラフルなマットが敷かれ、ミニカーなどで自由に子ども達が遊ぶ中での講演でした。あんどうさんは、地鶏をバルサミコ酢で漬け込んだ美味しい缶詰を紹介したり、テントでの宿泊体験を勧めたりして、非常時に活用できることを日常に取り入れることで、避難生活のストレスを減らせるとアドバイスしていました。

中でも関心を集めたのは、昔から腹帯などで使われてきた「さらし」を使ったおんぶでした。あんどうさんは「普段から、さらしのだっこ・おんぶの方がずっと軽くなるので、技も知っておいて下さい。さらしは10メートル1000円位で売られています。半分に切って5メートル。5メートルで子どもを、おんぶ・抱っこできます」と説明していました。子どもの重心を高く背中に密着することで、とても楽に背負うことができるのです。取材した奥村奈穂美アナは来場者の4歳のお子さんをおんぶし体験すると「いつもは子どもの重さがズシンと来ますが、このおんぶは担いでいる感じで、全然、苦しくない」と驚いていました。最近の子どもの多くはおんぶした際、しがみつくことができず反ってしまうそうです。普段からおんぶに慣れることで子どものしがみつく力が身に付き、非常時のおんぶで、親は両手を使え、お子さんと速やかに避難できそうです。このイベントは講演会の他、防災グッズの展示や地震体験コーナーが設けられ、乳幼児を連れた親子110組、330名が参加しました。来場者は、普段の子育ての中で災害時に使えるグッズや技を身に着けておく大切さを実感していました。

企画したのは、自身も6歳と1歳半の子どもを育てている北上市の髙橋真利子さんです。停電を想定し、夜、家族で、ヘッドランプで過ごすような体験もしている髙橋さんは「小さな子供を抱えての防災を一人で頑張るのではなくて、もっと地域を巻き込みたいという強い気持ちで取り組んできました。防災について、家族を守る力について、少しでも底上げになればと願っております」と備えの広がりを期待していました。

489回「液状化現象」2018年9月22日OA

2018年09月22日 6:00 PM

今月6日午前3時8分に発生した北海道胆振東部地震についてです。北海道厚真町(あつまちょう)で震度7、安平町(あびらちょう)、むかわ町で震度6強を観測しました。震源は胆振地方中東部、深さは37キロ、地震の規模を表すマグニチュードは6.7と推定されます。北海道で観測史上初の震度7と、経験したことのない非常に強い揺れだった厚真町では、緑の山々の至る所で土砂崩れが発生し、茶色い山肌が露わになり、家屋が土砂に呑み込まれました。北海道によると41人の方が犠牲になり、その内36人が厚真町の方でした。

震度6弱を観測した地域のあった札幌市では液状化現象が起きました。道路が波打ち、大きな穴があちこちに開き、泥が流れ込み出入り口が塞がれた住宅もありました。液状化の仕組みは、砂浜の波打ち際に立ち、体を揺すると砂に足がめり込み、海水が浮いてくるのに似ています。液状化が起こる土地は、地震前は砂などの粒同士がくっつき、その間を水が満たし地盤を支えています。しかし大きな揺れで、粒同士の結合がなくなります。すると水が分離して浮き上がり、砂の粒が沈み、地盤沈下や亀裂を引き起こすのです。

関東学院大学の若松加寿江(わかまつかずえ)研究員らの調査によりますと、東日本大震災の際、県内では北上川沿いの北上、花巻を中心に7つの市と村で液状化が確認されました。この内、花巻市では、花北地区と呼ばれる一日市(ひといち)、坂本町(さかもとちょう)、愛宕町(あたごちょう)、四日町(よっかまち)、下幅(したはば)の道路や住宅で発生しました。一帯は、かつて北上川が湾曲して流れていた場所です。その後、長らく水田として利用されていましたが、1960年代後半から家屋が建ち始め、1990年代終わりには全て宅地化されました。液状化の危険のある土地の条件は「海を埋め立て造成した所」「昔、川や沼地だった所」「昔、川の氾濫常襲地だった所」ということです。自宅の液状化が心配な方はどちらに相談したら良いのか、県に尋ねたところ「施工業者など、民間業者にお問い合わせ下さい」とのことです。若松研究員は岩手のリスナーに「地震災害は『時を選ばず、場所を選ばず、予告せず』です。自然災害多発大国の日本にあって、被害軽減は住んでいる土地のリスクを知り『備え』しかありません」と、1人1人の減災への取り組みを訴えています。

479回「震災遺産」2018年7月14日OA

2018年07月14日 6:00 PM

今日は福島県の「震災遺産」についてです。福島県立博物館を事務局としたプロジェクトでは、震災が産み出したものを、次世代に伝え遺すべき歴史的資料、すなわち震災遺産と位置付け、その保全を目的に2014年度からフィールド調査や資料収集に取り組んでいます。「震災の時刻で止まった時計」「安定ヨウ素剤」「配達されなかった新聞包み」など登録された2036件は、原則として福島県立博物館に運ばれ保存処置されました。その内、現地保存された震災遺産が、先月13日に訪れた福島県富岡町に展示されていました。双葉警察署脇、児童公園の一角にあったのは津波で被災した一台のパトロールカーです。ベース車両はトヨタ・クラウン。上部はすっかり無くなり、赤茶けたフレームはへし曲がり剥き出しで、水の力でここまで車が破壊されるのかと身震いします。花や飲み物が捧げられた隣には、展示された経緯がパネルに記されていました。

車両は2003年に双葉警察署に配属後、富岡町や双葉郡内の住民や地域の安全を守る多くの業務に携わり、走行距離は29万2000キロを超えました。2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震発生後、双葉警察署から増子洋一警視(当時41歳)と佐藤雄太警部補(当時24歳)がこのパトカーで富岡町仏浜地内に急行し、町民らの避難誘導を行いました。避難した住民の中には、駆け付けたこのパトカーと冷静に避難誘導をしていた2人の姿を鮮明に覚えている人が多くいました。その後パトカーは2人の警察官と共に津波に遭い、多量の土砂が流入した車両は子安橋のたもと付近で見つかりました。増子警視は地震から約1か月後に陸地から30キロ離れた沖合で発見されましたが、佐藤警部補は行方不明のままです。

富岡町ではあの日、震度6強の揺れを観測、21.1mを超える津波が襲い、町内で直接亡くなった人が18人、震災後、体調を崩すなど関連して亡くなった人は425人に上ります。カーポートの下に設置されたこのパトカーは、津波が近づく中、使命感と勇気を胸に多くの住民を守る為に職務を全うした人達がいたこと、そして平穏な町を襲った地震や津波の威力の凄まじさを、静かに語り続けます。

 

478回「富岡町」2018年7月7日OA

2018年07月07日 6:00 PM

先月13日、東日本大震災で津波・原発事故の被災地となった福島県を地元のガイドが案内する「Fスタディツアー」に参加しました。2011年4月から活動を続けていて、これまで約5000人を案内してきました。緑のビブスを着たガイドは坂本雅彦さん(44)です。いわき市出身で、コンクリート製品の企業に就職しました。しかし震災後、「福島で起きたことを伝えたい」と、2016年、ツアーの本部を置くいわき市の老舗温泉旅館「古滝屋」に転職し、故郷の情報を発信しています。

常磐道を北上し1時間、訪れたのは「富岡町」です。去年4月1日、避難指示が一部、解除されました。5月1日現在の人口は5507世帯、13185人。町内居住者は避難指示解除直後の去年5月1日には86世帯128人、現在は426世帯、614人に増加。全人口の4.6%が戻った計算です。去年春には、スーパーやドラッグストア、ホームセンターや飲食店が入居する公設民営の複合商業施設がオープン。津波で流出し、元の場所から100m北に建て直したJR常磐線・富岡駅は去年秋から一部区間で再開通しました。又、今年4月、7年ぶりに町内で小中学校が再開、富岡校には児童生徒17人が通っています。これらショッピングモール、駅、学校に近いエリアは、真新しい戸建てや集合型の災害公営住宅が建ち並んでいますが、ベランダに洗濯物が干してある世帯は数えるぐらいです。復興工事関係の車両は多く行き交うものの、この地に町民の暮らしがあることは、あまり実感できません。

車で15分ほど北に進むと、桜の名所「夜の森(よのもり)」があります。樹齢100年のソメイヨシノの緑のトンネルは全部で約500本。周辺の住宅地一体がバリケードで覆われていて、その向こうは帰還困難区域です。警備員が立っていて、バリケードより先は放射線量が高く立ち入ることはできません。夜の森地区の全ての桜を楽しめる日がいつになるのか未定です。坂本さんは「ツアー参加者の中には、シダレザクラの枝が下がった姿を見て『放射能のせいでは』と心配するような風評が未だにある。イメージだけで福島を見ないでほしい。足を運んでいただいて、同じ東北、お互いに手を取っていけたら」と岩手のリスナーに来訪を呼びかけていました。

 

477回「南海トラフ巨大地震の被害想定」2018年6月30日OA

2018年06月30日 6:00 PM

気象庁によりますと、南海トラフ地震は駿河湾から日向灘沖にかけてのプレート境界を震源域として概ね100~150年間隔で繰り返し発生してきた大規模地震です。前回の地震発生から70年以上が経過した現在、次の南海トラフ地震発生の切迫性が高まってきています。内閣府が2012年8月に公表した被害想定では、多くの人が自宅で就寝中に被災、家屋倒壊による人的被害の危険性が高く、津波からの避難が遅れる恐れがある「冬の深夜」に巨大地震が発生した場合、関東から西の都府県で最大32万3000人が亡くなる恐れがあるとしています。又、2013年3月に公表した経済的な被害については、資産等の被害や生産・サービス低下による影響、交通寸断による影響等、計220兆円と推計しました。

しかし今年6月、土木学会が公表した推計はそれを大幅に上回る巨額なものでした。人口や生産拠点の流出など、阪神大震災の時と同様に20年間継続すると想定し、20年の経済低迷効果をシミュレートしたものです。地震・津波によって生産施設等が破壊され、交通インフラが破壊される事を通して低迷する経済被害は1240兆円。建築物や工場などの資産被害は170兆円です。経済被害と資産被害を合わせて1410兆円となりました。集計方法は異なるものの、東日本大震災の直接被害額16.9兆円の約80倍に相当し、被害の深刻さが浮き彫りになりました。報告では「経済大国」や「主要先進国」と呼ばれ得ぬ状態に転落する「国難」と表現しています。

土木学会は同時に国難に直結するかは「対策」をするかによって大きく左右されると指摘。具体的な提言として、ハード面では「道路対策」「海岸堤防対策」「建築物」と「港湾・漁港の耐震強化対策」の4つを行うことで、経済被害1240兆円の約4割以上、約510兆円縮減できることを示しています。又、これらの対策により人的被害は4割以上、人数にして約14万人程度縮小し、加えて防災教育などソフト対策を講ずれば犠牲者を合計で約4分の3、23万7000人縮小できる可能性も考えられるとしています。国難を回避する為、公共インフラ対策と共に、防災意識を高める啓発が急務です。

 

476回「大阪府北部の地震」2018年6月23日OA

2018年06月23日 6:00 PM

今日は18日(月)午前7時58分頃発生した大阪府北部の地震についてです。気象庁によりますと、大阪市北区、高槻市、枚方(ひらかた)市、茨木市、箕面(みのお)市の5市区で震度6弱を観測。震源地は大阪府北部で震源の深さは約13キロ、地震の規模はマグニチュード6.1と推定されます。大阪府で震度6弱以上の地震が観測されたのは、1923(大正12)年に観測体制が整ってから初めてですが、歴史を遡りますと、これまでも地震や津波により数々の被害に見舞われました。

政府の地震調査研究推進本部によりますと、陸域で発生した被害地震では、1596年に慶長伏見地震が発生、堺で600名余りが亡くなったとされています。1936年の河内大和(かわちやまと)地震では府内で8名が命を落とし、地面に亀裂が入り、砂が地下水と共に噴出しました。大阪府は南海トラフ沿いの巨大地震に、これまで何度も襲われています。1854年の安政南海地震では、大阪湾北部で高さ約2mの津波が来襲、木津川(きづがわ)・安治川(あじがわ)を逆流し、船が破損、橋が損壊、7000名が亡くなったという記録があります。1707年の宝永地震では更に大きな津波に見舞われ、旧大和川流域だった河内(かわち)平野で特に倒壊被害が大きくなりました。1944年の東南海地震では14名が、1946年の南海地震では32名が犠牲になりました。又、1927年の北丹後地震や1995年の「平成7年兵庫県南部地震」のように周辺地域の浅い場所で発生する地震や、1952年の吉野地震のように沈み込んだフィリピン海プレート内で発生する地震によっても府内で被害が生じたことがあります。

消防庁によりますと、22日現在、今回の地震により大阪府では5人が死亡、負傷者は大阪府の338人の他、兵庫県、京都府なども含めて406人に上りました。亡くなった大阪市の80歳男性、高槻市の9歳の女の子共にブロック塀の崩落に巻き込まれ、茨木市の85歳の男性は本棚の下敷きに、高槻市の81歳の女性はタンスの下敷きになり、同じく高槻市では66歳の男性の死亡が確認されました。私達はいつ、どこで起きてもおかしくない地震列島に暮らしています。屋内、屋外の危険について、改めて家族で話し合うことが必要です。

445回「君の命を守りたい2」2017年11月11日OA

2017年11月11日 6:00 PM

先日、訪れた東京都墨田区にある「本所防災館」の防災シアターについてです。上映されたのは「君の命を守りたい」というおよそ20分の映像。後半は、東京での「地域一体の防災活動」について描かれています。千代田区の和泉公園では、毎年、「秋葉原東部町会連合会」の住民と「三井記念病院」のスタッフが合同で、首都直下地震を想定し、負傷者の救出、煙体験など様々な訓練を行っています。又、地震による火災の発生や建物の倒壊などの危険度がとても高い木造住宅密集地域の一つ「墨田区の京島地区」では、道路の幅を広げたり、小さな公園を整備したり、建物の耐火性・耐震性を高めたりするまちづくりが進められています。加えて要配慮者の避難支援、玄関先に掲げ無事を伝える黄色いタオルを使った安否確認の他、「街かど防災教室」では、道路上にある消火栓や排水栓に差し込み、ホースをつなぎ消火を行う「スタンドパイプ」を操作し、地域住民の誰もがいざという時、初期消火にあたれるよう、月に1度のペースで繰り返し訓練しています。

「杉並区のマンション」では、住民のアイデアを結集したユニークな防災活動が数多く見られます。「伝令ロープ」はエレベーターが停止しても、各棟の吹き抜けを活用し、各フロアの安否情報を地上に素早く届けると共に、上層階へAEDを届けます。「こども避難所」は地震発生時、もし親が帰宅できなくても、こども達が安心して過ごすことができる部屋です。その他、住民同士の話し合いで「カセットボンベ式簡易発電機」「トランシーバー」「断水しても使えるおがくずを利用したトイレ」「傷病者を運ぶ折り畳み式救護車」が備えられました。

「荒川区」では、防災の即戦力、又、将来の防災リーダーとして中学生の防災教育に力を入れていて、平成27年には区立中学校の全てに「防災部」を創設しました。防災訓練の他、地域に暮らす高齢者を定期的に訪問し交流を深め、防災力向上に繋げています。又、釜石市など東日本大震災の被災地に中学生の代表団を派遣、教訓を学ぶ機会になっています。「『助けられる人』から『助ける人』へ」を合言葉に、自助と共助の備えが進んでいます。「君の命を守りたい」は公開されていて、インターネットで検索すると御覧になれます。

 

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