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気象と防災 マメ知識!

気象予報士・防災士の神山 浩樹(IBCアナウンサー)がお届けする5分間。

◆放送日時
毎週土曜日17:50~17:55
番組開始:2009年4月〜

◆出演
神山浩樹(IBCアナウンサー)

678回「線状降水帯 半日前予報」2022年5月14日OA

2022年05月14日 6:00 PM

気象庁は去年6月から、大雨災害の要因となる線状降水帯を確認した際には「顕著な大雨に関する気象情報」を発表してきました。これまでは大雨となることは予想できても、線状降水帯が形成されるかどうか、又、その場所を予想することは技術的に困難でした。しかし予測精度の向上により来月1日からは「線状降水帯」を、発生の半日前に予報する取り組みを始めます。線状降水帯は、湿った空気の流入が持続することで次々と積乱雲が発生し、線状の降水域が数時間に亘ってほぼ同じ場所に停滞。長さが50~300キロ程度、幅が20~50キロ程度のエリアに大量の雨を降らせるもので、発表基準は、解析雨量5キロメッシュにおいて、3時間の積算降水量が100ミリ以上の面積が500平方キロ以上などとしています。
今回の予測精度向上の背景には「観測の強化」と「予測の強化」が挙げられます。気象庁観測船2隻と海上保安庁測量船4隻に、洋上の水蒸気を捉える為の観測装置を設置。又、陸上でもアメダス=地域気象観測システムに湿度計を新たに追加した他、マイクロ波放射計という機器により、下層の水蒸気観測能力の強化などを図っています。更に気象レーダーも使い、各データを理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」で分析し、12時間前を目安に「線状降水帯が発生する可能性があり、大雨災害発生の危険度が急激に高まる恐れがある」などと発表します。気象庁は「必ず半日=12時間前から予測するということではなく、9時間前に出すこともある。明るい内から早めの避難が目標」としています。当面は全国を11ブロックに分けた地方予報区単位で発表。「東北地方で線状降水帯が発生する可能性」という場合、岩手でも発生する恐れがあり警戒が必要です。今後は精度を向上させて2024年からは県単位で、2029年には市町村単位まで対象地域を絞り込む計画です。
今回の予報は、地域住民にとっては「ハザードマップや避難ルートの確認」、自治体や消防団にとっては「避難所開設」「水防体制」の準備に繋げられます。予報はあくまで予報です。必ず「線状降水帯」が発生するわけではありませんが、発生しなかったとしても、油断はできません。豪雨になりやすい状況に変わりはないからです。線状降水帯は岩手でも発生します。情報が出されたら、どのように行動するか、命を守る為の事前の備えと心構えが大切になってきます。

677回「移住者を支える高田暮舎」2022年5月7日OA

2022年05月07日 6:00 PM

陸前高田市高田町にあるNPO法人「高田暮舎(たかたくらししゃ)」を訪ねました。2017年5月、陸前高田市の移住定住促進の事業パートナーとして活動を始めました。5人のスタッフは、移住者が陸前高田で暮らし始めた後、地域に溶け込めるよう、仕事や周辺環境を紹介するなどバックアップも行っています。
高田暮舎で作成したのが「高田暮らしの手引き」というA5サイズ、30ページの小冊子です。陸前高田市の風土や慣習など、外からは見えづらい実際の暮らしをコンパクトに紹介しています。例えば「地域活動」のページは各地区毎に整理され、草刈り、川の清掃の他、中には新年に獅子舞が民家を巡る「悪魔払い」という行事も記されています。「ごみはどうやって出すの?」では、ゴミ袋に名前を書く文化の話、「消防団について」は、活動内容や消防演習など行事予定、「お葬式について」では近所に不幸があった際の対応の仕方や香典金額の目安など、丁寧且つ多岐にわたっています。
活動の柱である「空き家バンク」は、市内の空き家の利活用を目指し、「空き家の利用を希望する人」と「空き家を所有している人」のマッチングをサポートしています。ポータルサイトでは、物件の情報に加え、各家のストーリーや家主のおすすめポイントなども紹介しています。気仙町の築60年の空き家は「平屋建ての5DK、さわやかな潮風のある暮らし、川と海が近くにあるまち」又、建物外観や各部屋の写真に添えて「西側にある6畳と8畳の和室はふすまを外すことによって、大広間に早変わりです。広い空間で海の幸を持ち寄って、みんなでお鍋を囲むあたたかな食事も楽しいですよね」など、移住後の暮らしが想像できる内容になっています。
空き家バンクの利用者は、これまで35世帯、46名。多くは20代から40代で、地方でのんびり暮らしたいという関東からの移住者ということです。現在も売買23件、賃貸14件の物件を扱い、移住者を迎える体制を整えています。高田暮舎の移住コンシェルジュ・髙橋瞳さんは今後の展望について「単に移住者を増やすのではなく、大変な面も知った上で、それでも陸前高田が面白そう、暮らしてみたいと思って決断してくれる人を増やせるよう、日々積み重ねていきたい」と語っています。市にとって、高田暮舎の活動は、行政では行き届かないサポートをする大きな力になっています。

676回「噴火津波の情報発信」2022年4月30日OA

2022年04月30日 6:00 PM

気象庁は今月、トンガ沖の大規模噴火に伴う津波のメカニズムに関する報告書を公表しました。この噴火は日本時間1月15日午後1時頃に発生。日本では約7時間後に小笠原諸島の父島や千葉県勝浦市などで第一波を観測しました。気象庁は16日午前0時15分に鹿児島県の奄美群島・トカラ列島に、午前2時54分に岩手県に津波警報を発表しました。県内では未明から朝にかけて久慈港で1メートル10センチ、宮古と釜石で40センチ、大船渡で30センチの津波を観測しました。噴火後に観測された潮位変化は、津波の伝わる速度から予想される到達時刻より数時間早く観測される等、通常の津波とは異なる性質でした。津波の発表に時間がかかり内容も不十分だった為、2月から有識者を交えた「津波予測技術に関する勉強会」を開き、議論を重ねていました。
気象庁は、今回のメカニズムについて「噴火により急激に大気が膨らみ、気圧の変化が生じて広がる気圧波と呼ばれる空気の振動が発生。海面に伝わり、又、地形の影響による増幅など複合的な要因で発生したと考えられる」としています。今回と同様の噴火に伴う津波の予測可能性について「噴火により気圧変化がどれだけ発生するか予測することは困難」「潮位変化が発生する可能性を判断することは可能」又「潮位変化が発生する時刻については、大気波の伝わる速度を仮定して、最も早く到達した場合の時刻を予測するのが一つの方法」としています。
そして当面の対応として、海外で大規模噴火が発生したり、大規模噴火後に日本へ津波の伝わる経路上にある海外での潮位観測点で潮位変化が観測されたりした場合、「遠地地震に関する情報」によって、潮位変化が観測される可能性を知らせることにしました。加えて大規模噴火により発生した気圧波が秒速310mで伝わり潮位を変化させたと想定して到達時刻を予想し、情報文としては「この噴火に伴って通常とは異なる津波が発生して日本へ到達する場合、到達予想時刻は早いところ〇〇地域で、〇〇日〇〇時〇〇分頃です。予想される津波の高さは不明です」というイメージで発表することにしています。この情報は、実際、3月8日のパプアニューギニアの火山噴火の際、運用・発表されました。予測が難しい自然災害から命を守る為には、早めの避難しかありません。

675回「陸前高田移住者の思い2」2022年4月23日OA

2022年04月23日 6:00 PM

東日本大震災で甚大な被害を受けた気仙町の商業施設「陸前高田 発酵パーク CAMOCY(カモシー)」。震災前、醤油や味噌の醸造店が集まっていた今泉地区の賑わいを取り戻そうと、発酵をテーマに2020年12月にオープンしました。食堂やビールの醸造所など8つの店舗が入居しています。建物入ってすぐ左手にあるのが市内で初めての本格的パン専門店「ベーカリー・マーロ」です。
店長の塚原涼子さん(36)を訪ねました。福島県郡山市出身の彼女は社会人として始めは保険会社の営業をしていました。しかし「手に職をつけたい」「食べるのが好き」「空間を自分で作れる場所で働けたら」とパン職人の道に入りました。千葉県松戸市の有名パン店などで7年間修業。カモシーオープンを機に店主に請われました。以前、勤めていた店が震災後、避難所でパンを配り高田と交流を深めたことがきっかけでした。それまで高田と縁がなく、しかも震災当時、都心にいた塚原さんは「被災地に自分は寄り添えない」と感じ復興に向き合うと重い気持ちになりました。しかし「新しいことをする楽しそうな場所」「ボランティアの方と情熱が違う。違う方向で盛り上げられたら」と気持ちを切り替え陸前高田に居を移しました。
現在パン作りスタッフ4人、販売3人の交代制。塚原さんは、共に働く地元のスタッフに震災のことを深く聞くことはありませんが「これからが充実した生活になれば。その形なら協力できる」と静かに語ります。そして陸前高田で焼き立てを届ける思いについて「パンは生鮮食品というイメージを持ってほしい。コンパクトなまちで、地元の農家と関係を築き、そこで獲れた野菜や果物も使いフレッシュな美味しさを」と説明します。店頭に並ぶパンは約20種類。一番人気の「食パン」は国産小麦を使いモッチリ感があり、毎日食べても飽きないよう砂糖やバターは使い過ぎないようにしています。この他八木澤商店の醤油や味噌を使ったパン、地元の人の要望で「クロワッサン」「バゲットなどハード系のパン」も揃えています。平日は気仙沼や大船渡から、休日は盛岡など内陸から買い物客が訪れる人気店です。しかし塚原さんは「車を運転しない市内の人にも、もっと広められれば」と考えていて、パンの他、カモシーの商品を車に積み、移動販売ができればと夢を描いています。塚原さんたちが作った焼きたてパンは、明日も店頭に並び、来店者を笑顔にします。

674回「陸前高田移住者の思い1」2022年4月16日OA

2022年04月16日 6:00 PM

先日、中心市街地活性化を目的に作られた「陸前高田ほんまる株式会社」の種坂奈保子(たねさかなおこ)さん(36)を訪ねました。種坂さんは、まちの中心にある公園や施設を使ってマルシェなどイベントを企画したり、商店街組合のメンバーと共に買い物マップを作ったりして、地域の魅力を発信しています。
愛知県出身の種坂さんは、2007年、大学3年生の夏休みに2か月かけ全国を旅しました。陸前高田市には偶々立ち寄り「気仙町けんか七夕」を楽しみ、まつりの後、消防団屯所でBBQをするなど地元の人と触れ合う機会になりました。
そしてその4年後、2011年3月11日、東日本大震災が発生。陸前高田市が甚大な被害に遭ったと知り、高田の人達を案じました。当時、職を探していたタイミングだったこともあり、3月末、宮城県石巻市のボランティア団体に属し高田に入りました。そして11月、仮設の商店街「陸前高田未来商店街」を立ち上げる仕事を見つけ移住しました。商店街事務局ではSNSを活用し現状を発信しました。ネット上には震災前の情報しかなく「家も店舗も失い二重ローンに苦しむ商店主の現状が全国に伝わっていない」「当事者が『辛いです』とは言いにくい」と思い始めたもので、人、物資、金銭面で支援が集まり手ごたえを感じました。種坂さんの関心は次第にまちづくりに移ります。商店主は商売だけではなく「まちに遊びに来て、散歩する、公園のようなものが欲しい」といった地域のことを深く考えていることに心動かされたからです。「この人達を応援することが、まちを作っていることになる。この人達が発信できないことに力を注ぎたい」「このまちができる所を見たい」というのが現在の活動の原動力です。2017年4月、まちの中心部にアバッセたかたがオープン。震災から11年経った今になって再開する店もあり、周辺に100店舗程できました。
山も海もないまちで育った種坂さんにとって高田は「ニンジンを収穫したり、週末にキャンプをしたりと、旅行に行かないとできないことが身近に体験できる」と新鮮に映ります。地元の人と結婚し、2019年10月には女の子を授かりました。娘さんが「将来、大きくなった時、自慢できるまちに。地元が好きになってほしい」と未来を見つめます。種坂さんは、これからも一市民として、ずっとワクワクできるまちづくりのサポートをし続けます。

673回「県最大クラス津波浸水想定」2022年4月9日OA

2022年04月09日 6:00 PM

県は先月29日、巨大地震に伴う最大クラスの津波が発生した場合の沿岸部の浸水想定を公表しました。津波対策には2つのレベルを想定する必要があります。L1は比較的頻度の高い津波です。数十年から百数十年に一度程度で到達し、津波の高さは低いものの大きな被害をもたらします。防潮堤はこのL1の津波を目安として設計されています。L2は最大クラスの津波です。数百年から千年に一度程度で到達し、発生すれば甚大な被害をもたらします。今回は、避難を中心とした対策が重視されるこのL2の津波の浸水想定が検討されたものです。具体的には、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震に加え、東日本大震災、明治三陸大津波、昭和三陸大津波といった県内で過去に起きた最大クラスの津波の浸水範囲も算定の参考としています。2020年度末までに震災復興で整備した防潮堤が全て破壊された想定ですが、「何としても人命を守る」という考えの下、避難を中心とした津波防災地域づくりを進めるためのものであり、津波による災害や被害の発生範囲を決定するものではないことに注意が必要です。
沿岸12市町村に24ある海岸地域の想定では、宮古市の宮古湾より北側で日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震・津波の影響が東日本大震災よりも大きくなっています。第一波の到達時間は14分~36分と推計し、最も早いのは宮古市の姉吉漁港でした。最大になる地点は宮古市の小堀内漁港で、地震発生から35分後に29.5メートルの津波が襲来すると想定されています。また、沿岸12市町村のうち洋野町や久慈市、大槌町、陸前高田市など9市町村は市役所や役場が浸水想定区域に含まれます。最大浸水深、つまり津波が陸上まで遡上し水面が最も高い位置に来た時、地面から水面までの高さは、釜石市役所9.06m、野田村役場7.78m、大槌町役場6.9m、久慈市役所6.85m、普代村役場4.53m、山田町役場3.55m、宮古市役所2.92m、洋野町役場1.9m、陸前高田市役所0.24mとなっています。
浸水想定は県のホームページで公開されています。国の対策を踏まえた被害想定について県は今年8月の公表を目指しています。

672回「福島県沖地震」2022年4月2日OA

2022年04月02日 6:00 PM

3月16日午後11時36分ごろ、宮城県と福島県で最大震度6強、県内では一関、奥州、矢巾で震度5強を観測する地震がありました。気象庁によりますと、震源は福島県沖の深さおよそ60キロ、地震の規模を示すマグニチュードは7.4と推定されます。去年2月13日にも福島県沖の深さ約55キロでマグニチュード7.3の地震が発生、福島や宮城で最大震度6強、一関と矢巾で震度5弱を観測しました。その時とほぼ同じ場所で起きた双子のような地震でした。気象庁によりますと、今回の揺れの約2分前にも地震が発生しました。私は自宅で就寝中でしたが、まず遠くから伝わってきたような横揺れが20秒程続きました。そして一旦、収まったと思ったら緊急地震速報が鳴り響き、先ほどよりも大きく、家が軋むような揺れに襲われました。盛岡は4でしたが、やはり20秒程続き、恐怖を覚えました。
県によりますと、この地震で北上市の70代女性が転倒し腰に重傷を負って入院した他、転倒するなどして一関市で2人、遠野市と八幡平市で1人ずつの併せて5人がけがをしました。消防庁によりますと、福島県と宮城県で4人の方が亡くなった他、全国で241人がけがをしました。震度5強を記録した郡山市では、91歳の女性の頭に衣装ケースが落下、72歳の女性の左足にはテレビが落下、南相馬市の84歳の女性は就寝中にタンスが倒れ、両脚を負傷しました。
大地震が発生した際、「家具は必ず倒れるもの」と考えて対策を講じておく必要があります。寝室や子ども部屋などには、できるだけ家具を置かないようにし、置く場合はなるべく背の低い家具にし、転倒防止対策をとりましょう。また、家具が倒れてけがをしたり、出入り口をふさいだりしないように、向きや配置を工夫しましょう。他にも、窓ガラスや吊り下げ式の照明、テレビ、電子レンジ・オーブンなど、家の中には凶器になるものが数多くあるので対策が必要です。また、手の届くところに、懐中電灯やスリッパを備えておきましょう。懐中電灯は停電した際、暗闇を歩く時の必需品です。スリッパは割れたガラスの破片から足を守ります。我が家も改めて室内を点検しました。吊り下げ式の照明のガラスシェードを布製にし、又、壁掛け時計の落下防止の為に補強しました。備えあれば憂い無しです。お宅は安全ですか?

671回「震災デジタルプロジェクト鵜住居」2022年3月26日OA

2022年03月26日 6:00 PM

IBC岩手放送と岩手日報社は今月9日、震災デジタルプロジェクトとして共同制作した特設サイト「鵜住居~UNOSUMAI」を両社のホームページで公開しました。去年4月から、ラジオ番組「デジタルニュース・ラボ」では、釜石市鵜住居町出身の前川晶(あき)記者が定期的に出演し、ふるさとの新聞特集記事を取り上げ、震災後のまちと人の姿を、新聞・放送だけではなく、多様なデジタルコンテンツとして発信してきました。今回の特設サイトはその集大成となるもので、「鵜住居」という一つのまちに焦点を当て制作されました。震災以前の住民の営みや、まちに残る震災の教訓を風化させずにデジタルデータとして残していくことが狙いです。
市の北側に位置し、大槌湾と両石湾に面した「鵜住居(うのすまい)」は東日本大震災の津波で市の中でも特に大きな被害を受けた地域です。死者・行方不明者は釜石全体の半数を超える580人にのぼり、地区全体の住まいの約7割にあたる1668棟が被災しました。サイトは3Dのデジタルマップ「触れる思い出、まちの記憶」、住民の避難行動などを振り返る「あの日、そしてあの日から」、前川記者と弦間アナが鵜住居を巡る「11年目、ふるさとを歩く」など6つの項目で構成されています。マップには震災後、まちの復元模型=ジオラマに残された住民の思い出やエピソードが散りばめられています。例えば釜石東中学校のピンをクリックすると「部活中、ランニングしてきますと嘘ついて海パンをはいて根浜まで行って泳いでいた」などエピソードが現れ、震災前のまちの様子が目の前にあるように伝わってきます。「あの日、そしてあの日から」の中の「釜石の出来事」では、当時の児童・生徒の避難行動を証言を元に再現し、一方で当日学校を休んでいた児童1人、生徒1人、そして保護者に引き渡された児童1人が津波の犠牲になり、小学校に1人残った事務職員も行方不明になったその「出来事」も忘れてはならない、と結んでいます。又、祖父母が鵜住居地区防災センターに避難して命を落とした前川記者。「ふるさとを歩く」では自身とふるさとを繋ぐ、今は亡き祖父母を見つめる内容になっています。
震災から11年が経ち、震災を知らない、記憶にない子供たちが多くなっています。その中、地元の新聞社と放送局が手を携え、従来の伝え方とは違うデジタルコンテンツを通じて、特に若い世代への震災伝承・継承につなげていく取り組みは、IBC、岩手日報社の各ホームページから御覧ください。

670回「岩手の天気予報の精度」2022年3月19日OA

2022年03月19日 6:00 PM

気象庁では、日々の天気予報と実際の天気を比較して、予報精度の検証を毎月行いHPで公開しています。具体的には、朝と夕方発表の今日、明日、明後日の降水の有無、朝発表の今日の最高気温、及び夕方発表の明日の最高気温、最低気温の予報誤差などです。
盛岡の予報の検証結果について、2003年と2022年では、変化があるのか比較してみます。まずは「降水の有無の適中率」です。「雨」、「曇り一時雨」、「曇り時々雪」など降水のある予報を発表し実際の降水が1ミリ以上だった場合、又、「晴れ」、「曇り」、「晴れ時々曇り」など降水の無い予報を発表し実際の降水が1ミリ未満だった場合は、予報が適中とみなします。午前5時発表の降水の予報について、今日の適中率は2003年、2022年共に82%と同じでした。しかし明日の適中率は2003年の77%から2022年は82%に向上しています。又、午後5時発表の降水の予報について、今夜の適中率は2003年85%、2022年86%。明日は2003年78%、2022年は82%。明後日は2003年75%、2022年は81%と、確実に上がっているのが分かります。又、気温の予報誤差は、常に正の値となり0に近いほど予報精度が高い指数を用いると、午前5時発表の今日の最高気温は2003年は1.8から2022年は1.4に。午後5時発表の最低気温は2003年が1.8から2022年が1.4に。最高気温は2003年が1.9から2022年が1.4に。それぞれ気温の誤差が小さくなっているのが分かります。
気象庁の天気予報は、コンピューターを用いて地球大気や海洋・陸地の状態の変化を数値シミュレーションによって予測する「数値予報」を用いています。具体的には、最初に地球大気や海洋・陸地を細かい格子に分割し、世界から送られてくる観測データに基づき、それぞれの格子にある時刻の気温・風などの気象要素や海面水温・地面温度などの値を割り当てます。次にこうして求めた「今」の状態から、物理学や科学の法則に基づいてそれぞれの値の時間変化を計算することで「将来」の状態を予測します。この数値予報の精度向上の背景には、計算に用いるコンピュータープログラムの精緻化、解析手法の高度化、観測データの増加・品質改善、そして数値予報の実行基盤となるコンピュータの性能向上といった、地道な取り組みがあるのです。

669回「十和田の噴火警戒レベル」2022年3月12日OA

2022年03月12日 6:00 PM

青森、秋田両県にまたがる「十和田湖」。新緑や紅葉の名所としても知られ、奥入瀬渓流と共に十和田八幡平国立公園を代表する景勝地の一つです。御倉(おぐら)半島と中山半島に挟まれた中湖(なかのうみ)は327mの水深を示し、日本では第3位の深さです。十和田湖は、約20万年前に始まった火山活動の噴火によりできた陥没に、長い年月をかけて雨水が貯まったカルデラ湖です。約1万5千年前、現在のカルデラの原型につながる巨大噴火が発生。直近の大きな噴火は平安時代の915年に起き、火砕流は火口周辺の約20キロを超える広範囲に影響を及ぼしましたが、それ以降噴火は確認されていません。活火山である十和田火山は過去の噴火履歴から、今後もこの中湖周辺を主な火口としたマグマが関与する爆発的な噴火が発生すると考えられています。又、火山活動活発化に伴い、水蒸気噴火も十分に考えられる為、噴火場所や影響範囲が想定されています。
青森、岩手、秋田県や気象庁などでつくる十和田火山防災協議会は、十和田湖の噴火に備え、必要な避難行動を5段階で示した「噴火警戒レベル」の導入を決め、24日から運用されます。想定火口範囲には、青森県十和田市の宇樽部地区、休屋地区、秋田県小坂町の休平(やすみたい)の3つの居住地域があり、又、湖畔には旅館や飲食店が並び、観光客の避難も課題になります。レベル1でも火山性地震の増加や火山性微動の発生など、噴火の予兆があれば高齢者の避難が始まります。更に噴火の可能性が高まった場合は、火口周辺や危険な地域への立ち入りを規制するレベル2、3を飛ばし、4や5に引き上げます。火口内の住民は全員避難とし、火口から概ね4キロ内は4で高齢者らが避難、5で全員避難としました。
十和田火山災害想定影響範囲図によりますと、大規模噴火では、噴煙が上空に上がった後、ある場所から崩れ落ちて雪崩のように斜面を流れ広がる「火砕流・火砕サージ」と、噴煙が風に流されながら軽石や火山灰を降らせる「降下火砕物」の発生が想定されています。積雪期には火砕流が雪を溶かし、大量の水が周辺の土砂を巻き込んで流れる「融雪型火山泥流」が発生し、北は津軽半島、西は秋田県能代市などにも届く恐れがあります。住民の安心安全の為、より広域的な視点での避難計画策定が求められます。

668回「田老の商店主の現状」2020年3月5日OA

2022年03月05日 6:00 PM

宮古市田老、三陸鉄道リアス線の田老駅近くにある「林本酒店」を訪ねました。店主の林本卓男さん(74)は昭和10年代に創業した米や雑貨を扱う店の3代目です。1933年に田老を襲った津波では祖父母も両親も全財産を流されました。そして2011年3月11日。住まいを兼ねた店は、東日本大震災の津波で流されました。家族は無事でした。林本さんは避難していて津波そのものは目にしていません。警報が解除され自宅に戻ると「家が無くなって、市街地が無くなって、破壊されてしまった。言葉も涙も出なく茫然としてしまった」と当時を振り返ります。市が災害危険区域に指定した為、住居は建てられません。仮設住宅で暮らした後、2016年11月、震災後に整備された三王団地に家を再建しました。同じ年の6月、流された場所には店のみ構えました。
1年目、2年目、3年目と売上は伸び震災前の半分を超えるようになりましたが、その後、新型コロナウイスルの蔓延が経営を直撃しました。宿泊施設や飲食店に卸していた業務用の米や酒類の売上が大きく落ち込んでいるのです。震災以前、駅前を中心に80~90世帯の家が建ち並び、地域で商いをしていましたが、今はその住宅街もありません。震災から11年経ち付き合いのあった客は、高齢化や転出により次第に利用が無くなり、売上は減るばかりです。2人の娘は仙台で仕事を見つけ暮らしていて、店の後継者もいなく、展望が開けないのが現状です。
林本さんの現在の住まいは高台にあり「自宅が避難所みたいな安心感はある」と語りつつ、日中、家を離れた時は「いつ、どこで、津波の注意報や警報が出るか」と不安を抱えています。政府の地震調査委員会は去年1月1日時点の評価として、30年以内に千島海溝で東日本大震災のようなM9クラスの地震が起きる確率は最大40%と算定。中央防災会議は、県内で最悪の場合、約3100人が命を落とす恐れがあるとしています。新たな脅威へ備える為、宮古市では住民を対象に説明会を開催し周知すると共に、ハザードマップの更新作業を進めています。

667回「震災で九死に一生を得た元消防士」2022年2月26日OA

2022年02月26日 6:00 PM

宮古市田老の国道沿いにある「はなや蕎麦たろう」。2015年にオープンし、田老産の蕎麦粉を使った十割蕎麦が人気の店です。店主の小林智恵子さんをサポートするのは、夫で元消防士の小林徳光さん(61)です。震災の津波で、小林さん家族は無事でしたが、親戚4人が命を落とし、この蕎麦屋の場所にあった自宅が流されました。店のすぐ前には蕎麦畑が広がります。震災後、お盆の頃に咲く蕎麦の白い花を川井で目にしたのがきっかけで栽培を始めました。震災で亡くなった人に「白い花を手向けたい」、そして震災を生き延びた人に「田老の海で育った昆布、田老の山で育った椎茸で、田老の一杯の蕎麦を提供したい」という思いからでした。
あの日、宮古消防署田老分署にいた小林さんは、震度5弱の揺れに遭遇。大津波警報が発令された中、署内で救急対応をしていると、分署長が「津波だ、逃げろ」と叫びました。しかし小林さんは避難を一瞬、躊躇しました。「大きな堤防が2つあって、その堤防を乗り越えてくる津波を想像できなかった」のです。そして外に出て小林さんが目にしたのは、道路の上を滑るように動くガレキとなった家の屋根でした。津波が迫ってきていたのです。近くにいた高齢男性の手を取り、高台の神社を目指し避難しましたが、たどり着く手前で津波に呑まれました。水中で体が回される中、フェンスにつかまり「このまま死ぬのかと思っていた頃、スーッと水が引いて呼吸ができ」同僚に引き上げられました。手から離れた男性や、水門に赴き殉職した同僚3人を振り返り「僕は生きてしまった。だからここに住んで、ここで生きていくしかない」と九死に一生を得た自分を見つめます。
震災から11年。防潮堤は、震災前の10mから14.7mの高さになり、田老のまちを守っています。しかし日本海溝の地震では約30mの津波が宮古を襲うという想定が出されています。小林さんは「前より大きな堤防ができて安心と言われると思いますが、これを越える津波が来ることも考えなければならない」と震災後、三陸を訪れる小中高校生を対象に防災学習を行っています。又防潮堤の役割について「ここがあることによって、逃げていく時間を稼げる場所という風に考えてもらえれば」と訴えます。津波が来たらとにかく高台へ逃げてほしい・・・津波に呑まれながら一命を取り留めた小林さんは、故郷から発信し続けます。

666回「春一番」2022年2月19日OA

2022年02月19日 6:00 PM

紫波の「@座羽知之帆志(ザウチ)の星」さんから春一番について「どんな現象ですか?」とメールを頂きました。ありがとうございます。春一番は、冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南よりの強い風のことです。その基準は地域、気象台によって若干異なります。気象庁によりますと関東地方では、2月4日ごろの立春から3月21日ごろの春分までの間で、日本海に低気圧があり、最大風速がおおむね8m以上の南よりの風が吹いて、前日より気温が上がった場合、総合的に判断して発表しています。
長崎県壱岐市によりますと、この言葉の発祥は玄界灘にある島「壱岐」とのことです。漁民たちは早春に吹く「春一番」「春一」「カラシ花落とし」と呼ばれる南の暴風を恐れていました。1859年(安政6年)に、この強い風を受けた影響で、大勢の地元漁師が遭難しました。海と共生する壱岐の人々に自然の怖さを忘れないようにとの思いを込めて1987年(昭和62年)、郷ノ浦(ごうのうら)港入口の公園には船の形をした「春一番の塔」が建てられました。近くには遭難者の慰霊碑も建てられています。
北日本の気象台では、この時期、雪が積もっていて春の実感が無いことなどから春一番は発表していません。ところで岩手では春一番のような風は吹かないのでしょうか。関東地方における春一番の基準に合致する風が盛岡で観測されていないか、過去10年調べてみました。すると2014年と2017年を除いた8年は吹いていましたが、その内の6年は雪やみぞれを伴った強風、つまり吹雪でした。例えば去年2月20日は、日本海北部からオホーツク海へ進んだ低気圧や前線の影響で、暖かい南よりの強い風が吹き、九州北部、四国、中国、東海、北陸で春一番を観測しましたが、北日本は雪や雨でした。その他2012年3月16日は東日本から北日本は高気圧に覆われ陽射しがありましたが、翌日は雪が降り寒の戻りとなりました。2016年2月14日は低気圧が日本海で発達し、終日雨降りでしたが、翌日は冬型の気圧配置となり雪に変わりました。つまり春一番に相当するような南よりの強風は、冬の嵐のような荒れた天気の際に観測されることが多く、加えて強い寒の戻りとセットになっていることから、やはり岩手では春一番の発表は適さないのでは、と感じました。

665回「末の松山」2022年2月12日OA

2022年02月12日 6:00 PM

和歌に詠まれてきた名所を「歌枕」と言います。松尾芭蕉は、1689年(元禄2年)江戸を旅立ち美濃国(みののくに)大垣に到着するまでの半年間、東北・北陸の名所旧跡や歌枕を訪ね、紀行文「おくのほそ道」を完成させました。多賀城市や、多賀城市観光協会によりますと、国指定名勝「おくのほそ道の風景地」の内、多賀城市では3か所の歌枕が指定されています。その内の1つが「末の松山」です。八幡(やわた)の宝国寺裏手にある標高約8メートルの丘で、推定樹齢480年、樹高約19メートルの2本のクロマツがそびえています。8世紀から12世紀、平安時代の昔から「歌枕」として遠く都の人々にも知られてきました。大きな津波が襲っても「末の松山」を越えることはできないといういわれから、越すに越せない大きな存在を意味するようになったとされます。この大きな津波とは何を意味するのでしょうか。
東京大学出版会「歴史のなかの地震・噴火」によりますと、清少納言の父として知られる清原元輔(きよはらのもとすけ)の作歌(さっか)「契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとは」。10世紀後半に作られたと考えられるこの歌には本歌(ほんか)があります。「古今和歌集」の「君をおきて あだし心を わがもたば 末の松山 波をこえなむ」。国文学者の河野幸夫(ゆきお)さんによりますと、「古今和歌集」の成立は905年(延喜5年)ですから、この歌は9世紀後半頃に詠まれた歌であることなどから、作者が貞観地震を経験していた可能性が大きい、と推測します。「貞観」とは、安倍貞任(あべのさだとう)の「貞」に観音様の「観」と書きます。国が編纂した歴史書「日本三代実録」には、869年(貞観11年)に起きた貞観地震は揺れが大きく、宮城県にあった多賀城の城郭が崩れ、人々は叫び合い、倒れて起き上がることができず、家屋が倒壊したと記録されています。又、津波による犠牲者は城下1000人程で、野原や道も全て青海原になったとも書かれています。宝国寺は仙台湾から内陸約2キロに位置し、東日本大震災では津波の被害は免れました。
平安時代、貞観地震の大津波により仙台平野が水没する中、難を逃れ衆目を集めた末の松山は、天地(あめつち)を鎮める祈りを込め、歌に詠まれたのかもしれません。

664回「氷柱(つらら)の呼び方」2022年2月5日OA

2022年02月05日 6:00 PM

今日は、水のしずくが凍って垂れ下がった、漢字で氷の柱と書く「氷柱(つらら)」についてです。ポプラ社「つらら」によりますと、その由来はツラツラ光って見えるからだということで、その輝きから命名されたとあります。元々「つらら」という言葉は、中国、四国、近畿、東海、長野、関東の一部で使われていて、明治から昭和にかけては、東京で使われていた「つらら」が「標準語」として全国に広まりました。昔の関東地方では、東京を含めて「あめんぼう」という名前も多かったようです。俗にミズスマシともいう、昆虫の「あめんぼ」とは違います。広辞苑第七版で引くと、棒状につくった飴菓子の「飴ん棒」のことで、他に「つららの異称、たれんぼう」とあります。水飴が垂れ下がっている様子から連想したようです。
学研「全国方言一覧辞典」の「つらら」の頁には、各地の代表的な方言が掲載されていて、その種類に驚かされます。長崎では「びーどろ」と言い、江戸時代のガラスを指す言い方から来ているとか。又、大分の「よーらく」は、仏像にかける玉の飾りを指す言い方。福岡・熊本の「まがんこ」は、代掻きに使う農具、馬の鍬と書く「馬鍬(まぐわ)」の歯の連想からと言われているそうです。それぞれ北国ほどの冷え込みではないことから、できたつららは、小さく細いのかな、と想像します。
北国ではどうかと言いますと、北海道・福島は「しが」、青森「しがま」。共に氷を表す「すが」から来ています。童謡「どじょっこふなっこ」の「春になれば 氷(すが)こも 解けて」の歌詞で有名な「すが」と同じです。玉川学園HPによりますと、この童謡は、1936年、玉川大学合唱団が東北公演旅行で現在の秋田市立金足西小学校に立ち寄った際に誕生しました。秋田市にあるJR「追分(おいわけ)駅」では、到着メロディーとして駅のホームで流れているそうです。岩手・宮城では「たろひ」。つららを意味する、漢字で氷が垂れると書く「たるひ」が訛ったものです。花巻市石鳥谷町で、毎年2月11日、氷の太さでその年の作柄を占う「たろし滝」の「たろし」と同じです。吉田菊治郎著「水沢地方の方言考」によりますと、県内で訛った発音として他に「たらひ・たるし・たるす・たろーしゅ・たろす・たるぎ等」があるとのことです。水が豊かで、寒い冬がある日本、岩手は、つららの表現も豊かなのです。

663回「雪に関連した季語」2022年1月29日OA

2022年01月29日 6:00 PM

角川俳句大歳時記より、雪に関連した季語を拾ってみました。
六つの花と書いて「六花(むつのはな」=結晶が六角形であることから雪の異名です。雪が降るさまを花の散るさまに見立て「雪の花」。雪を銀になぞらえ同様に「銀花(ぎんか)」。雪が降ってきそうな空模様「雪空(ゆきぞら)」。積もった雪のために辺りが明るく見える「雪明かり」。樹木などに積もった雪が落ちる音を表す「雪の声」。深く積もり、音を吸い込むような「深雪(みゆき)」。寒く乾いた時に降る「粉雪」、細かい雪と書く「細雪(ささめゆき)」、精米する時に砕けた小さい米のような「小米雪(こごめゆき)」。「白雪」、餅のようにふわふたした「餅雪」。衾(ふすま)、つまり現在の掛布団のように多く積もった「衾雪(ふすまゆき)」。「明けの雪」、「今朝の雪」、「雪の宿」、新しく降り積もった「新雪」、積もったまま春まで残る「根雪」、「積雪」、「べと雪」。木の枝や電線などに降り積もった雪がずれて垂れ下がり、飾り紐のように見える「雪紐」。「筒雪」、「冠雪(かんむりゆき)」、山の稜線の風下の谷側に、庇(ひさし)のように張り出した「雪庇(せっぴ)」。「水雪」、雪に華やかと書いて「雪華(せっか)」、雪の結晶がいくつか合わさった、ひとひら「雪片(せっぺん)」、降り積もった雪の重みで締まった状態となった「しまり雪」、日中解けた積雪が日没後再び凍結し、それを繰り返してできる「ざらめ雪」、水分を多く含んだ「湿雪(しっせつ)」、吹雪を指す「雪風(ゆきかぜ)」、雪のある時の月夜「雪月夜(ゆきづきよ)」、「雪景色」、夕暮れに降る「暮雪(ぼせつ)」、雪の多い地方「雪国」、以上35個です。
四季の代表的な眺めを表す「雪月花」という言葉があるように、雪は春の花、秋の月と並んで冬の美を代表します。一方で豪雪は災害をもたらし、白魔と魔物に例えられるほど恐ろしいものでもあります。豊かな表現の数々から、雪と共に暮らしてきた先人がどれほど子細に雪を観察してきたかが、よくわかります。

662回「海底火山噴火による津波」2022年1月22日OA

2022年01月22日 6:00 PM

気象庁は南太平洋の島国トンガ沖の海底火山噴火の影響で、16日午前0時15分、鹿児島県の奄美群島、トカラ列島に津波警報を出し、午前2時54分に岩手県も津波警報の対象地域に追加。深夜の出来事に緊張が走りました。午前11時20分に津波注意報に切り替えられ、午後2時に津波注意報も解除されました。県内では未明から朝にかけて久慈港で1メートル10センチ、宮古と釜石で40センチ、大船渡で30センチの津波を観測しました。県内で津波を観測したのは2016年11月22日、福島県沖を震源とするマグニチュード7.4の地震で、久慈港で80センチなど観測して以来です。避難所は沿岸12市町村に88か所開設され、最大で1346人が避難しました。県によりますと、大船渡市、陸前高田市、山田町では養殖施設など水産関係の被害が確認されました。漁業関係者は復旧作業を急いでいます。海底火山の噴火で起きた前例のないメカニズムによる潮位変化について、気象庁は日本の太平洋側に津波警報と津波注意報を発表しながら、記者会見で「津波」と明言しませんでした。会見では予想された時刻より早く海面の変化が生じたことなどを挙げ「潮位変化」だと繰り返し「メカニズムが分からない」「通常の津波とは異なる」と強調しました。一方、津波警報を出した理由について、防災対応を呼びかける為に、既存の仕組みを活用したと説明しました。気象庁は今回、異変をどう呼ぶかに苦慮しつつ、避難の呼びかけを優先させた形です。
そのメカニズムについて、東北大学災害科学国際研究所の今村文彦教授は、噴火による空気の振動「空振(くうしん)」により、気圧が急激に上がり、下に押された海面が元に戻ろうとして大きな潮位の変化を引き起こしたと分析しています。一般的には海底の地震により大量の海水が持ち上げられ、それが周りに伝わって津波となりますが、今回は噴火の衝撃が空気を通して海面に伝わり津波が起きたとみられているのです。また、ニュージーランドの専門家は過去の噴火で形成された「カルデラ」と呼ばれる巨大なくぼ地の一部が崩壊し、広い範囲に影響を及ぼす津波が発生した可能性があるとした上で、空気の振動による津波と合わせて「津波は2回発生したと考えられる」と指摘しました。今後の詳細な解析が待たれる今回の津波。メカニズム解明の如何に関わらず、命を守る為、最善の行動を取るべきことに変わりはありません。

661回「介護老人保健施設の備え」2022年1月15日OA

2022年01月15日 6:00 PM

陸前高田市高田町の高台にある介護老人保健施設「松原苑」を訪ねました。震災当時、松原苑には300人を超える利用者と職員がいました。利用者の大半は看護・介護が必要な80代から90代で、寝たきりの高齢者は88人いました。建物の窓枠は外れ、ガラスは割れ、天井が一部落ち、水道管も破裂し水浸しになり、職員が利用者を背負うなどして外へ避難しました。松原苑の利用者は全員無事でしたが、非番だった職員2人が犠牲になりました。
IBCは発災後、陸前高田市に入り松原苑を拠点に、変わり果てたまちの惨状をラジオやテレビで伝えました。当時、お世話になった松原苑の入澤美紀子看護部長に、その後の苑の備えについてお聞きしました。あの時、電気、ガス、水道といったライフラインは途絶し、わずかな非常食で救援を待っていました。食べ物の他、体を暖めるものが必要でした。震災後、倉庫で備蓄量を増やしたのが「使い切りカイロ」です。入澤さんは「身体機能の落ちている高齢者は寒がる方が多いので、体温を上げることを徹底しなければ」と語ります。
防災訓練で使用しているのがA4サイズのアクションカードです。災害関連の研修会で知り製作したもので、緑、黄色など色分けされ、首から提げて使用します。カードには看護部長用の他、消火班、救護班、誘導班などの種類があります。看護部長用は「1.災害情報を集める 苑内情報の把握、被害状況(職員、利用者、設備、機器)、ライフラインの稼働状況」など、誘導班は「1.誘導班長の指示を受ける 2.避難場所へ誘導、避難経路の確保・搬送 3.誘導完了の居室の扉を閉める」など、チェック事項が細かく記されています。チェック事項は常に見直しを行っています。カードはヘルメットやヘッドライトと共に1か所にまとめられていて、発災時、身に着けることで、自分の役割を確認しながら行動できます。これは「震災の時は不安の中で動いていました。アクションカードによって確信を持ちながら動く為です」と話しています。又、ラミネート加工されていることで、ペンで書き込んだり、消したりと記録が容易です。「あの日、メモもできない中、その後、当時のことを思い出すことが大変で、記録することの大切さを実感したから」ということです。松原苑ではあの日を教訓として備えと訓練が続けられています。

660回「日本海溝・千島海溝地震被害想定」2022年1月8日OA

2022年01月08日 6:00 PM

先月21日、政府は北海道から東北地方の太平洋沖にある日本海溝・千島海溝沿いで巨大地震が発生した場合の被害想定を公表しました。県内では最悪の場合約1万1千人が死亡するという想定です。これは内閣府の中央防災会議が取りまとめたもので、岩手県沖から北海道沖に続く日本海溝と、北海道から千島列島沖に続く千島海溝で発生するマグニチュード9クラスの巨大地震が対象です。この地震による津波の浸水想定は、一昨年9月に公表されました。宮古市では最大でおよそ30メートルの津波が押し寄せるとされ、東日本大震災を上回る高さまで浸水すると想定される市町村もあります。
被害が大きいのは日本海溝の地震です。寒さや雪などで避難に時間がかかる冬の深夜に津波が押し寄せた場合、早期に避難者する人が2割にとどまるケースでは、全国でおよそ19万9千人、県内では東日本大震災を超えるおよそ1万1千人が死亡する想定となっています。
ほとんどが津波による死者で、高台に避難した後も屋内に二次避難できなかった場合、寒さによって低体温症で亡くなるリスクが高まることも指摘されています。建物等は津波により約17000棟が全壊、又、液状化、揺れ、急傾斜地崩壊、火災により約1000棟が全壊すると想定されています。二之湯智(にのゆさとし)防災担当大臣は会見で、津波の早期避難を徹底すれば「死者数が8割減という想定になっていて、命を守る事を最重要課題にして取り組んでいきたい」と語っています。被害想定を議論する国のワーキンググループの委員を務める東北大学の今村文彦教授は、今回新たに示された低体温症のリスクについて「高台やビルの屋上などは低体温症の対応がまだ不足している部分があると思います。例えばブルーシートや毛布を備蓄倉庫の中や屋上などの避難場所で準備することで、十分対策ができます」と指摘しています。県は今後、市町村ごとの被害想定を取りまとめ、今年6月をめどに公表したいとしています。
今回の想定は、広域にわたり甚大な被害の恐れがありますが、対策を講じれば被害は減少する見込みです。地域全体で冷静に受け止め、避難訓練などを重ね1人でも被害を減らすよう取り組むことが肝要です。

659回「気仙隕石」2022年1月1日OA

2022年01月01日 6:00 PM

日本最大の隕石が岩手に落ちたことを御存じでしょうか。「気仙天隕石物語」によりますと、嘉永3年(1850)5月4日の明け方、陸前高田市気仙町にある長圓寺の参道付近に物体は落下しました。暴風雨で雷が鳴る中、雷鳴をかき消すほどの大音響が響き、辺りは真昼のように明るくなりました。風雨は収まり、人々が落下物に近づくと、地中からもうもうと白煙を上げ、異様な音がしていたと言います。気仙隕石は、落下が目撃され、落下地点、日時、状況などが記録されている点でも貴重です。掘り出された後は、寺に運ばれ外縁に置かれました。この隕石は養蚕や漁業、疾病に効き目があると信じられ、多くの人が砕いて破片を持ち去りました。明治27年(1894)に帝国博物館に献納されたときの重さは135kgでした。更に研究用に削られて現在、国立科学博物館に展示されている最も大きな塊は106kgです。
先日、取材で長圓寺を訪れた際、隕石の欠片を見せて頂きました。手のひらサイズ、暗い灰色で粒が細かく、鉄瓶を思わせるような重みがありました。寺の女性は『ご利益があるということで急須に入れてお茶を飲んだ』と懐かしそうに話していました。
隕石は小惑星の一部ですが、小惑星衝突と気候変動との関連で興味深い研究があります。東北大学と気象庁気象研究所は2016年7月、小惑星衝突時の恐竜やアンモナイトなどの絶滅は、衝突で発生した煤による気候変動が原因だったとする研究結果を発表しました。約6600万年前、小惑星がメキシコ湾ユカタン半島付近に衝突し、恐竜などが絶滅しました。原因はこれまで地球規模の寒冷化と考えられてきました。ところが衝突時にスペインなどの周辺海域海底に堆積した堆積岩を調べると、煤が異常に多いことが分かりました。更に成層圏に放出された煤の量から大気や海洋などの気候変動を計算したところ、これまでの恐竜絶滅シナリオとは全く異なる結果が出ました。煤の成層圏放出による太陽光吸収で気温は低下したものの、低緯度は恐竜が棲める気温でした。ただ降水量は砂漠並みで、陸上植物は枯れ、食物連鎖的に絶滅、海は光合成帯が縮小し水温低下が起き、アンモナイトが絶滅したと考えられる、とのことです。隕石をめぐる話題、興味が尽きません。

658回「震災・沿岸市長村長の提言」2021年12月25日OA

2021年12月25日 6:00 PM

地域課題解決に取り組むNPО法人「岩手地域総合研究所」が発行した記録誌「東日本大震災・津波から10年~私たちの取り組み~」についてです。東日本大震災の教訓と復興の歩みを後世に伝えようというもので、沿岸の市町村長に震災時の救助活動や復興事業、現在の課題について尋ねたインタビューも掲載されています。
大船渡市の戸田公明市長は、速やかな復興の為『応急仮設住宅の建設地を事前に決定しておくことが大事です』と訴えます。又、浸水想定区域について住宅高台移転の事前実行を行う際、「差込型高台移転」を勧めています。市が行った既存集落の近くの空き地を利用して防災集団移転先を整備する方法で、工期が短く、工事費用が抑えられ、既存コミュニティが維持できるなどのメリットがあるから、ということです。
陸前高田市の戸羽太市長は、派遣された自衛隊の指揮の問題点を指摘しています。自衛隊は、客室に誰かが残っている可能性のあるホテルの取り壊しなど、市長の命令で動く仕組みになっていますが、市長は災害救助については素人で、自衛隊の技術・能力も把握していません。一番有効な手段を取る為のシステムを国全体で見直すべきと感じている、ということです。又、まちのかさ上げの選択肢は区画整理事業しかなく『制度上、3分の1から半分近くは空き地になってしまうのは初めから分かっていました』と語っています。公金を使う区画整理は手続きに時間がかかります。その間に、民間事業者が山を切り崩し、宅地を整備。区画整理を待てない人たちが自宅を再建したのです。区画整理後、元の家があった場所の近くに整備された土地を引き渡されても、既に家を建てています。用途が宅地に限定されているので、農地にすることもできず空き地になってしまう、というわけです。区画整理事業の空き地問題は、制度を考え直すことが必要と訴えます。加えて、例えば防災集団移転促進事業では、地元のことをよく知らない大臣の押印など無駄な手続きが多く時間がかかり『時限でいいので国や県が持っている許認可権を一段、落としてほしい』と現場への権限移譲を課題として挙げています。記録誌は600部発行され、県や各市町村の図書館に贈られ、読むことができます。

657回「新聞大会2」2021年12月18日OA

2021年12月18日 6:00 PM

前回に続いて先月、盛岡で開かれた新聞大会についてです。私は被災3県4紙記者座談会の司会を担当しました。
登壇者の内、福島民報社報道部副部長の鈴木仁(じん)さんは、原発事故の避難先で家族が体調を崩して亡くなる「原発関連死」について取り上げています。「福島県内で地震、津波による直接死は1605人で、関連死はそれを大きく上回る2331人に上っています。この1年で20人近く増えている現状。原発事故による心労が避難者を苦しめている状況が浮かびます。関連死に至る経緯は様々で、市町村が設ける審査会の認定の判断が難しくなっている面もあるようです。一方で遺族側も災害で激変した生活、避難の状況が健康にどのような影響を及ぼしたのか説明する記録を提出できない悩みを抱えています」として、大切な家族を喪った人の思いや実態を共有してゆく必要性を訴えています。今後、地元紙が果たす役割について「原発事故が起きた県内では『風化』と並んで『風評』も大きな問題です。人々の意識が原発事故に向いていると風評を生んでしまいます。意識が向かなくなれば風化する、という懸念があります。ある県の幹部は『原発事故の影響はまだ続いている。支援してほしい』」と強く発信すると『福島はまだそんなに危ないのか』と思われる。一方で『福島の復興は進んでいる』とアピールすれば『ではもう支援はいらないのでは』と言われる。バランスが難しいと話していた」として「原発事故からの復興が道半ばであること、食品をはじめとした県産品は安全で魅力的であることを地道に報道し続けていく必要がある」と結びました。
福島民友新聞社報道部次長の菅野篤司(あつし)さんは、原発事故の影響により浜通りを中心とする12市町村で長期の避難を余儀なくされ、双葉町では全町避難が継続中であることに触れ、最大の課題として「古里そのものが失われたという喪失感に向き合うこと」を挙げています。被災者の選択は「帰る」「帰らない」「帰りたいけど帰れない」「帰ることがためらわれるが戻らなければ」「今は判断できない」と分断され立場が違います。菅野さんは「その全てが正解だと考えている」として、元の住民のゆるやかなつながりを維持していく為、船と船をつなぐように「もやい直し」していくことの重要性を指摘しています。岩手県も他人事ではありません。復興庁のデータによると、先月末現在、福島県から岩手県に避難し暮らしている人は、332人います。震災は終わっていません。

656回「新聞大会1」2021年12月11日OA

2021年12月11日 6:00 PM

先月17日、新聞、通信、放送各社が加盟する日本新聞協会は盛岡市で新聞大会を開き、加盟社が災害報道の重要性について議論しました。私は被災3県4紙記者座談会の司会を担当しました。会場の盛岡市内のホテルには、全国の報道機関から約80人が参加し、座談会の模様はオンラインでも配信されました。
登壇者の内、岩手日報社釜石支局長の川端章子(あきこ)さんは震災報道について、津波で家族を喪った方を取材した際のエピソードを紹介。「初めてお会いしたご遺族の方に『共感など簡単に言わないでほしい』というようなことを言われた。それを聞いてから、言葉一つ一つが自分にとってどういうものなのか、しっかり聞くようになった」と振り返っていました。私も川端さん同様、被災しておらず、家族を喪ったわけではありません。ご遺族にどう接するか悩みながら取材を続けています。「寄り添う」ことはできないとしても、せめて「寄り添いたい」という想いを抱きながら、ご遺族に接するように心がけております。
河北新報社報道部震災取材班キャップの高橋鉄男さんは、復興過程で見えてきた課題として3点を挙げました。1つ目は「被災者は復興したのか」。国の被災者生活再建支援金制度の支給状況を挙げ「被災19万世帯の内、4割のおよそ7万世帯は、自治体が用意した宅地や災害公営住宅を使わずに自力再建しました。自治体の見守りは災害公営住宅や集団移転した団地が中心です」として、自力再建した人たちの心の復興などフォローできず、被災者を一括りにできなくなっている点を指摘します。2つ目は壊れたままの自宅で生活を続ける在宅被災者の個別再建を、専門家と連携して後押しする「災害ケースマネジメント」です。東北弁護士会連合会によると「災害救助法が適用され応急修理制度を利用すると応急仮設住宅には入居できなくなる」「東日本大震災において住家を十分に修繕できずに、不自由な生活を強いられている在宅被災者が多数存在し、必要な福祉的支援などを受けることもできていなかったことが報告されている」とのことです。司法と福祉の連携がカギになります。3つ目は「伝承」です。高橋さんは「被災地には伝承施設が揃いハードが整備されたものの、10年で語り部は高齢化し、若者も就職で語り部活動から離れています。人づくりが重要ですが、国の復興予算にメニューが無く、こうしたことを問題提起していきたい」としています。
次回も被災3県4紙記者座談会について取り上げます。

655回「東日本大震災津波伝承館」2021年12月4日OA

2021年12月04日 6:00 PM

10月、陸前高田市気仙町の東日本大震災津波伝承館を訪れました。先人の英知に学び、東日本大震災津波の事実と教訓を世界中の人々と共有し、自然災害に強い社会を一緒に実現することを目指しています。沢山の人に見て頂きたい為、入場は無料です。今年9月、オープンから丸2年で来館者が40万人に達しました。
ゾーンは「歴史をひもとく」「事実を知る」「教訓を学ぶ」「復興を共に進める」の4つに分かれています。「事実を知る」では、陸前高田市内の高田地区と今泉地区を結ぶ気仙大橋の橋桁=橋の道路部分の一部が展示されています。気仙大橋は、気仙川に流入した大津波の凄まじい力によって押し流されました。鋼鉄製の橋桁は大きく二つに分断され、折れ曲がり、ねじれ、一方は284m、もう一方は307m上流まで流されました。展示されているのは、307m上流まで流された物の一部で、重量は2.5トンもあります。赤茶けたその無残な姿から、自然の脅威を実感すると共に、津波は川を遡ることを再認識します。
その隣には田野畑村で、津波で押し流された消防車が展示されています。消防隊員たちは、水門閉鎖や避難誘導、消火活動、孤立した人たちの救助活動などに尽力しました。発災時に水門に向かうことはそれ自体、危険を伴います。更に地震被害や停電、自家発電装置の不具合などにより、困難な状況での作業となった水門もありました。また直ちに避難しない住民への説得や避難の介助を行う中で逃げ遅れた消防団員もいました。殉職した消防団員は県内で90人。速やかに地域住民が逃げていれば、消防団員が犠牲にならなくて済んだケースもあったのです。
東日本大震災津波伝承館は、浸水区域に立地し、津波注意報や津波警報が出されたら、すぐに高台に避難する必要があります。立花起一副館長は「広島の原爆ドームも、沖縄のひめゆりの塔も、歴史上の場所にある。この建物も山手ではなく、ここにあるからこそ実感できることがあると思っている」と話しています。
「教訓を学ぶ」ゾーンで心に残ったのが、災害が発生した時の人間の心理状態についての解説です。人の取る行動は「茫然としてしまう人」が約8割、「パニックに陥る人」が約1割、「避難行動に移る人」が約1割、ということです。いざという時に体が動くように、訓練が大切だと感じました。

678回「線状降水帯 半日前予報」2022年5月14日OA

2022年05月14日 6:00 PM

気象庁は去年6月から、大雨災害の要因となる線状降水帯を確認した際には「顕著な大雨に関する気象情報」を発表してきました。これまでは大雨となることは予想できても、線状降水帯が形成されるかどうか、又、その場所を予想することは技術的に困難でした。しかし予測精度の向上により来月1日からは「線状降水帯」を、発生の半日前に予報する取り組みを始めます。線状降水帯は、湿った空気の流入が持続することで次々と積乱雲が発生し、線状の降水域が数時間に亘ってほぼ同じ場所に停滞。長さが50~300キロ程度、幅が20~50キロ程度のエリアに大量の雨を降らせるもので、発表基準は、解析雨量5キロメッシュにおいて、3時間の積算降水量が100ミリ以上の面積が500平方キロ以上などとしています。
今回の予測精度向上の背景には「観測の強化」と「予測の強化」が挙げられます。気象庁観測船2隻と海上保安庁測量船4隻に、洋上の水蒸気を捉える為の観測装置を設置。又、陸上でもアメダス=地域気象観測システムに湿度計を新たに追加した他、マイクロ波放射計という機器により、下層の水蒸気観測能力の強化などを図っています。更に気象レーダーも使い、各データを理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」で分析し、12時間前を目安に「線状降水帯が発生する可能性があり、大雨災害発生の危険度が急激に高まる恐れがある」などと発表します。気象庁は「必ず半日=12時間前から予測するということではなく、9時間前に出すこともある。明るい内から早めの避難が目標」としています。当面は全国を11ブロックに分けた地方予報区単位で発表。「東北地方で線状降水帯が発生する可能性」という場合、岩手でも発生する恐れがあり警戒が必要です。今後は精度を向上させて2024年からは県単位で、2029年には市町村単位まで対象地域を絞り込む計画です。
今回の予報は、地域住民にとっては「ハザードマップや避難ルートの確認」、自治体や消防団にとっては「避難所開設」「水防体制」の準備に繋げられます。予報はあくまで予報です。必ず「線状降水帯」が発生するわけではありませんが、発生しなかったとしても、油断はできません。豪雨になりやすい状況に変わりはないからです。線状降水帯は岩手でも発生します。情報が出されたら、どのように行動するか、命を守る為の事前の備えと心構えが大切になってきます。

677回「移住者を支える高田暮舎」2022年5月7日OA

2022年05月07日 6:00 PM

陸前高田市高田町にあるNPO法人「高田暮舎(たかたくらししゃ)」を訪ねました。2017年5月、陸前高田市の移住定住促進の事業パートナーとして活動を始めました。5人のスタッフは、移住者が陸前高田で暮らし始めた後、地域に溶け込めるよう、仕事や周辺環境を紹介するなどバックアップも行っています。
高田暮舎で作成したのが「高田暮らしの手引き」というA5サイズ、30ページの小冊子です。陸前高田市の風土や慣習など、外からは見えづらい実際の暮らしをコンパクトに紹介しています。例えば「地域活動」のページは各地区毎に整理され、草刈り、川の清掃の他、中には新年に獅子舞が民家を巡る「悪魔払い」という行事も記されています。「ごみはどうやって出すの?」では、ゴミ袋に名前を書く文化の話、「消防団について」は、活動内容や消防演習など行事予定、「お葬式について」では近所に不幸があった際の対応の仕方や香典金額の目安など、丁寧且つ多岐にわたっています。
活動の柱である「空き家バンク」は、市内の空き家の利活用を目指し、「空き家の利用を希望する人」と「空き家を所有している人」のマッチングをサポートしています。ポータルサイトでは、物件の情報に加え、各家のストーリーや家主のおすすめポイントなども紹介しています。気仙町の築60年の空き家は「平屋建ての5DK、さわやかな潮風のある暮らし、川と海が近くにあるまち」又、建物外観や各部屋の写真に添えて「西側にある6畳と8畳の和室はふすまを外すことによって、大広間に早変わりです。広い空間で海の幸を持ち寄って、みんなでお鍋を囲むあたたかな食事も楽しいですよね」など、移住後の暮らしが想像できる内容になっています。
空き家バンクの利用者は、これまで35世帯、46名。多くは20代から40代で、地方でのんびり暮らしたいという関東からの移住者ということです。現在も売買23件、賃貸14件の物件を扱い、移住者を迎える体制を整えています。高田暮舎の移住コンシェルジュ・髙橋瞳さんは今後の展望について「単に移住者を増やすのではなく、大変な面も知った上で、それでも陸前高田が面白そう、暮らしてみたいと思って決断してくれる人を増やせるよう、日々積み重ねていきたい」と語っています。市にとって、高田暮舎の活動は、行政では行き届かないサポートをする大きな力になっています。

676回「噴火津波の情報発信」2022年4月30日OA

2022年04月30日 6:00 PM

気象庁は今月、トンガ沖の大規模噴火に伴う津波のメカニズムに関する報告書を公表しました。この噴火は日本時間1月15日午後1時頃に発生。日本では約7時間後に小笠原諸島の父島や千葉県勝浦市などで第一波を観測しました。気象庁は16日午前0時15分に鹿児島県の奄美群島・トカラ列島に、午前2時54分に岩手県に津波警報を発表しました。県内では未明から朝にかけて久慈港で1メートル10センチ、宮古と釜石で40センチ、大船渡で30センチの津波を観測しました。噴火後に観測された潮位変化は、津波の伝わる速度から予想される到達時刻より数時間早く観測される等、通常の津波とは異なる性質でした。津波の発表に時間がかかり内容も不十分だった為、2月から有識者を交えた「津波予測技術に関する勉強会」を開き、議論を重ねていました。
気象庁は、今回のメカニズムについて「噴火により急激に大気が膨らみ、気圧の変化が生じて広がる気圧波と呼ばれる空気の振動が発生。海面に伝わり、又、地形の影響による増幅など複合的な要因で発生したと考えられる」としています。今回と同様の噴火に伴う津波の予測可能性について「噴火により気圧変化がどれだけ発生するか予測することは困難」「潮位変化が発生する可能性を判断することは可能」又「潮位変化が発生する時刻については、大気波の伝わる速度を仮定して、最も早く到達した場合の時刻を予測するのが一つの方法」としています。
そして当面の対応として、海外で大規模噴火が発生したり、大規模噴火後に日本へ津波の伝わる経路上にある海外での潮位観測点で潮位変化が観測されたりした場合、「遠地地震に関する情報」によって、潮位変化が観測される可能性を知らせることにしました。加えて大規模噴火により発生した気圧波が秒速310mで伝わり潮位を変化させたと想定して到達時刻を予想し、情報文としては「この噴火に伴って通常とは異なる津波が発生して日本へ到達する場合、到達予想時刻は早いところ〇〇地域で、〇〇日〇〇時〇〇分頃です。予想される津波の高さは不明です」というイメージで発表することにしています。この情報は、実際、3月8日のパプアニューギニアの火山噴火の際、運用・発表されました。予測が難しい自然災害から命を守る為には、早めの避難しかありません。

675回「陸前高田移住者の思い2」2022年4月23日OA

2022年04月23日 6:00 PM

東日本大震災で甚大な被害を受けた気仙町の商業施設「陸前高田 発酵パーク CAMOCY(カモシー)」。震災前、醤油や味噌の醸造店が集まっていた今泉地区の賑わいを取り戻そうと、発酵をテーマに2020年12月にオープンしました。食堂やビールの醸造所など8つの店舗が入居しています。建物入ってすぐ左手にあるのが市内で初めての本格的パン専門店「ベーカリー・マーロ」です。
店長の塚原涼子さん(36)を訪ねました。福島県郡山市出身の彼女は社会人として始めは保険会社の営業をしていました。しかし「手に職をつけたい」「食べるのが好き」「空間を自分で作れる場所で働けたら」とパン職人の道に入りました。千葉県松戸市の有名パン店などで7年間修業。カモシーオープンを機に店主に請われました。以前、勤めていた店が震災後、避難所でパンを配り高田と交流を深めたことがきっかけでした。それまで高田と縁がなく、しかも震災当時、都心にいた塚原さんは「被災地に自分は寄り添えない」と感じ復興に向き合うと重い気持ちになりました。しかし「新しいことをする楽しそうな場所」「ボランティアの方と情熱が違う。違う方向で盛り上げられたら」と気持ちを切り替え陸前高田に居を移しました。
現在パン作りスタッフ4人、販売3人の交代制。塚原さんは、共に働く地元のスタッフに震災のことを深く聞くことはありませんが「これからが充実した生活になれば。その形なら協力できる」と静かに語ります。そして陸前高田で焼き立てを届ける思いについて「パンは生鮮食品というイメージを持ってほしい。コンパクトなまちで、地元の農家と関係を築き、そこで獲れた野菜や果物も使いフレッシュな美味しさを」と説明します。店頭に並ぶパンは約20種類。一番人気の「食パン」は国産小麦を使いモッチリ感があり、毎日食べても飽きないよう砂糖やバターは使い過ぎないようにしています。この他八木澤商店の醤油や味噌を使ったパン、地元の人の要望で「クロワッサン」「バゲットなどハード系のパン」も揃えています。平日は気仙沼や大船渡から、休日は盛岡など内陸から買い物客が訪れる人気店です。しかし塚原さんは「車を運転しない市内の人にも、もっと広められれば」と考えていて、パンの他、カモシーの商品を車に積み、移動販売ができればと夢を描いています。塚原さんたちが作った焼きたてパンは、明日も店頭に並び、来店者を笑顔にします。

674回「陸前高田移住者の思い1」2022年4月16日OA

2022年04月16日 6:00 PM

先日、中心市街地活性化を目的に作られた「陸前高田ほんまる株式会社」の種坂奈保子(たねさかなおこ)さん(36)を訪ねました。種坂さんは、まちの中心にある公園や施設を使ってマルシェなどイベントを企画したり、商店街組合のメンバーと共に買い物マップを作ったりして、地域の魅力を発信しています。
愛知県出身の種坂さんは、2007年、大学3年生の夏休みに2か月かけ全国を旅しました。陸前高田市には偶々立ち寄り「気仙町けんか七夕」を楽しみ、まつりの後、消防団屯所でBBQをするなど地元の人と触れ合う機会になりました。
そしてその4年後、2011年3月11日、東日本大震災が発生。陸前高田市が甚大な被害に遭ったと知り、高田の人達を案じました。当時、職を探していたタイミングだったこともあり、3月末、宮城県石巻市のボランティア団体に属し高田に入りました。そして11月、仮設の商店街「陸前高田未来商店街」を立ち上げる仕事を見つけ移住しました。商店街事務局ではSNSを活用し現状を発信しました。ネット上には震災前の情報しかなく「家も店舗も失い二重ローンに苦しむ商店主の現状が全国に伝わっていない」「当事者が『辛いです』とは言いにくい」と思い始めたもので、人、物資、金銭面で支援が集まり手ごたえを感じました。種坂さんの関心は次第にまちづくりに移ります。商店主は商売だけではなく「まちに遊びに来て、散歩する、公園のようなものが欲しい」といった地域のことを深く考えていることに心動かされたからです。「この人達を応援することが、まちを作っていることになる。この人達が発信できないことに力を注ぎたい」「このまちができる所を見たい」というのが現在の活動の原動力です。2017年4月、まちの中心部にアバッセたかたがオープン。震災から11年経った今になって再開する店もあり、周辺に100店舗程できました。
山も海もないまちで育った種坂さんにとって高田は「ニンジンを収穫したり、週末にキャンプをしたりと、旅行に行かないとできないことが身近に体験できる」と新鮮に映ります。地元の人と結婚し、2019年10月には女の子を授かりました。娘さんが「将来、大きくなった時、自慢できるまちに。地元が好きになってほしい」と未来を見つめます。種坂さんは、これからも一市民として、ずっとワクワクできるまちづくりのサポートをし続けます。

673回「県最大クラス津波浸水想定」2022年4月9日OA

2022年04月09日 6:00 PM

県は先月29日、巨大地震に伴う最大クラスの津波が発生した場合の沿岸部の浸水想定を公表しました。津波対策には2つのレベルを想定する必要があります。L1は比較的頻度の高い津波です。数十年から百数十年に一度程度で到達し、津波の高さは低いものの大きな被害をもたらします。防潮堤はこのL1の津波を目安として設計されています。L2は最大クラスの津波です。数百年から千年に一度程度で到達し、発生すれば甚大な被害をもたらします。今回は、避難を中心とした対策が重視されるこのL2の津波の浸水想定が検討されたものです。具体的には、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震に加え、東日本大震災、明治三陸大津波、昭和三陸大津波といった県内で過去に起きた最大クラスの津波の浸水範囲も算定の参考としています。2020年度末までに震災復興で整備した防潮堤が全て破壊された想定ですが、「何としても人命を守る」という考えの下、避難を中心とした津波防災地域づくりを進めるためのものであり、津波による災害や被害の発生範囲を決定するものではないことに注意が必要です。
沿岸12市町村に24ある海岸地域の想定では、宮古市の宮古湾より北側で日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震・津波の影響が東日本大震災よりも大きくなっています。第一波の到達時間は14分~36分と推計し、最も早いのは宮古市の姉吉漁港でした。最大になる地点は宮古市の小堀内漁港で、地震発生から35分後に29.5メートルの津波が襲来すると想定されています。また、沿岸12市町村のうち洋野町や久慈市、大槌町、陸前高田市など9市町村は市役所や役場が浸水想定区域に含まれます。最大浸水深、つまり津波が陸上まで遡上し水面が最も高い位置に来た時、地面から水面までの高さは、釜石市役所9.06m、野田村役場7.78m、大槌町役場6.9m、久慈市役所6.85m、普代村役場4.53m、山田町役場3.55m、宮古市役所2.92m、洋野町役場1.9m、陸前高田市役所0.24mとなっています。
浸水想定は県のホームページで公開されています。国の対策を踏まえた被害想定について県は今年8月の公表を目指しています。

672回「福島県沖地震」2022年4月2日OA

2022年04月02日 6:00 PM

3月16日午後11時36分ごろ、宮城県と福島県で最大震度6強、県内では一関、奥州、矢巾で震度5強を観測する地震がありました。気象庁によりますと、震源は福島県沖の深さおよそ60キロ、地震の規模を示すマグニチュードは7.4と推定されます。去年2月13日にも福島県沖の深さ約55キロでマグニチュード7.3の地震が発生、福島や宮城で最大震度6強、一関と矢巾で震度5弱を観測しました。その時とほぼ同じ場所で起きた双子のような地震でした。気象庁によりますと、今回の揺れの約2分前にも地震が発生しました。私は自宅で就寝中でしたが、まず遠くから伝わってきたような横揺れが20秒程続きました。そして一旦、収まったと思ったら緊急地震速報が鳴り響き、先ほどよりも大きく、家が軋むような揺れに襲われました。盛岡は4でしたが、やはり20秒程続き、恐怖を覚えました。
県によりますと、この地震で北上市の70代女性が転倒し腰に重傷を負って入院した他、転倒するなどして一関市で2人、遠野市と八幡平市で1人ずつの併せて5人がけがをしました。消防庁によりますと、福島県と宮城県で4人の方が亡くなった他、全国で241人がけがをしました。震度5強を記録した郡山市では、91歳の女性の頭に衣装ケースが落下、72歳の女性の左足にはテレビが落下、南相馬市の84歳の女性は就寝中にタンスが倒れ、両脚を負傷しました。
大地震が発生した際、「家具は必ず倒れるもの」と考えて対策を講じておく必要があります。寝室や子ども部屋などには、できるだけ家具を置かないようにし、置く場合はなるべく背の低い家具にし、転倒防止対策をとりましょう。また、家具が倒れてけがをしたり、出入り口をふさいだりしないように、向きや配置を工夫しましょう。他にも、窓ガラスや吊り下げ式の照明、テレビ、電子レンジ・オーブンなど、家の中には凶器になるものが数多くあるので対策が必要です。また、手の届くところに、懐中電灯やスリッパを備えておきましょう。懐中電灯は停電した際、暗闇を歩く時の必需品です。スリッパは割れたガラスの破片から足を守ります。我が家も改めて室内を点検しました。吊り下げ式の照明のガラスシェードを布製にし、又、壁掛け時計の落下防止の為に補強しました。備えあれば憂い無しです。お宅は安全ですか?

671回「震災デジタルプロジェクト鵜住居」2022年3月26日OA

2022年03月26日 6:00 PM

IBC岩手放送と岩手日報社は今月9日、震災デジタルプロジェクトとして共同制作した特設サイト「鵜住居~UNOSUMAI」を両社のホームページで公開しました。去年4月から、ラジオ番組「デジタルニュース・ラボ」では、釜石市鵜住居町出身の前川晶(あき)記者が定期的に出演し、ふるさとの新聞特集記事を取り上げ、震災後のまちと人の姿を、新聞・放送だけではなく、多様なデジタルコンテンツとして発信してきました。今回の特設サイトはその集大成となるもので、「鵜住居」という一つのまちに焦点を当て制作されました。震災以前の住民の営みや、まちに残る震災の教訓を風化させずにデジタルデータとして残していくことが狙いです。
市の北側に位置し、大槌湾と両石湾に面した「鵜住居(うのすまい)」は東日本大震災の津波で市の中でも特に大きな被害を受けた地域です。死者・行方不明者は釜石全体の半数を超える580人にのぼり、地区全体の住まいの約7割にあたる1668棟が被災しました。サイトは3Dのデジタルマップ「触れる思い出、まちの記憶」、住民の避難行動などを振り返る「あの日、そしてあの日から」、前川記者と弦間アナが鵜住居を巡る「11年目、ふるさとを歩く」など6つの項目で構成されています。マップには震災後、まちの復元模型=ジオラマに残された住民の思い出やエピソードが散りばめられています。例えば釜石東中学校のピンをクリックすると「部活中、ランニングしてきますと嘘ついて海パンをはいて根浜まで行って泳いでいた」などエピソードが現れ、震災前のまちの様子が目の前にあるように伝わってきます。「あの日、そしてあの日から」の中の「釜石の出来事」では、当時の児童・生徒の避難行動を証言を元に再現し、一方で当日学校を休んでいた児童1人、生徒1人、そして保護者に引き渡された児童1人が津波の犠牲になり、小学校に1人残った事務職員も行方不明になったその「出来事」も忘れてはならない、と結んでいます。又、祖父母が鵜住居地区防災センターに避難して命を落とした前川記者。「ふるさとを歩く」では自身とふるさとを繋ぐ、今は亡き祖父母を見つめる内容になっています。
震災から11年が経ち、震災を知らない、記憶にない子供たちが多くなっています。その中、地元の新聞社と放送局が手を携え、従来の伝え方とは違うデジタルコンテンツを通じて、特に若い世代への震災伝承・継承につなげていく取り組みは、IBC、岩手日報社の各ホームページから御覧ください。

670回「岩手の天気予報の精度」2022年3月19日OA

2022年03月19日 6:00 PM

気象庁では、日々の天気予報と実際の天気を比較して、予報精度の検証を毎月行いHPで公開しています。具体的には、朝と夕方発表の今日、明日、明後日の降水の有無、朝発表の今日の最高気温、及び夕方発表の明日の最高気温、最低気温の予報誤差などです。
盛岡の予報の検証結果について、2003年と2022年では、変化があるのか比較してみます。まずは「降水の有無の適中率」です。「雨」、「曇り一時雨」、「曇り時々雪」など降水のある予報を発表し実際の降水が1ミリ以上だった場合、又、「晴れ」、「曇り」、「晴れ時々曇り」など降水の無い予報を発表し実際の降水が1ミリ未満だった場合は、予報が適中とみなします。午前5時発表の降水の予報について、今日の適中率は2003年、2022年共に82%と同じでした。しかし明日の適中率は2003年の77%から2022年は82%に向上しています。又、午後5時発表の降水の予報について、今夜の適中率は2003年85%、2022年86%。明日は2003年78%、2022年は82%。明後日は2003年75%、2022年は81%と、確実に上がっているのが分かります。又、気温の予報誤差は、常に正の値となり0に近いほど予報精度が高い指数を用いると、午前5時発表の今日の最高気温は2003年は1.8から2022年は1.4に。午後5時発表の最低気温は2003年が1.8から2022年が1.4に。最高気温は2003年が1.9から2022年が1.4に。それぞれ気温の誤差が小さくなっているのが分かります。
気象庁の天気予報は、コンピューターを用いて地球大気や海洋・陸地の状態の変化を数値シミュレーションによって予測する「数値予報」を用いています。具体的には、最初に地球大気や海洋・陸地を細かい格子に分割し、世界から送られてくる観測データに基づき、それぞれの格子にある時刻の気温・風などの気象要素や海面水温・地面温度などの値を割り当てます。次にこうして求めた「今」の状態から、物理学や科学の法則に基づいてそれぞれの値の時間変化を計算することで「将来」の状態を予測します。この数値予報の精度向上の背景には、計算に用いるコンピュータープログラムの精緻化、解析手法の高度化、観測データの増加・品質改善、そして数値予報の実行基盤となるコンピュータの性能向上といった、地道な取り組みがあるのです。

669回「十和田の噴火警戒レベル」2022年3月12日OA

2022年03月12日 6:00 PM

青森、秋田両県にまたがる「十和田湖」。新緑や紅葉の名所としても知られ、奥入瀬渓流と共に十和田八幡平国立公園を代表する景勝地の一つです。御倉(おぐら)半島と中山半島に挟まれた中湖(なかのうみ)は327mの水深を示し、日本では第3位の深さです。十和田湖は、約20万年前に始まった火山活動の噴火によりできた陥没に、長い年月をかけて雨水が貯まったカルデラ湖です。約1万5千年前、現在のカルデラの原型につながる巨大噴火が発生。直近の大きな噴火は平安時代の915年に起き、火砕流は火口周辺の約20キロを超える広範囲に影響を及ぼしましたが、それ以降噴火は確認されていません。活火山である十和田火山は過去の噴火履歴から、今後もこの中湖周辺を主な火口としたマグマが関与する爆発的な噴火が発生すると考えられています。又、火山活動活発化に伴い、水蒸気噴火も十分に考えられる為、噴火場所や影響範囲が想定されています。
青森、岩手、秋田県や気象庁などでつくる十和田火山防災協議会は、十和田湖の噴火に備え、必要な避難行動を5段階で示した「噴火警戒レベル」の導入を決め、24日から運用されます。想定火口範囲には、青森県十和田市の宇樽部地区、休屋地区、秋田県小坂町の休平(やすみたい)の3つの居住地域があり、又、湖畔には旅館や飲食店が並び、観光客の避難も課題になります。レベル1でも火山性地震の増加や火山性微動の発生など、噴火の予兆があれば高齢者の避難が始まります。更に噴火の可能性が高まった場合は、火口周辺や危険な地域への立ち入りを規制するレベル2、3を飛ばし、4や5に引き上げます。火口内の住民は全員避難とし、火口から概ね4キロ内は4で高齢者らが避難、5で全員避難としました。
十和田火山災害想定影響範囲図によりますと、大規模噴火では、噴煙が上空に上がった後、ある場所から崩れ落ちて雪崩のように斜面を流れ広がる「火砕流・火砕サージ」と、噴煙が風に流されながら軽石や火山灰を降らせる「降下火砕物」の発生が想定されています。積雪期には火砕流が雪を溶かし、大量の水が周辺の土砂を巻き込んで流れる「融雪型火山泥流」が発生し、北は津軽半島、西は秋田県能代市などにも届く恐れがあります。住民の安心安全の為、より広域的な視点での避難計画策定が求められます。

668回「田老の商店主の現状」2020年3月5日OA

2022年03月05日 6:00 PM

宮古市田老、三陸鉄道リアス線の田老駅近くにある「林本酒店」を訪ねました。店主の林本卓男さん(74)は昭和10年代に創業した米や雑貨を扱う店の3代目です。1933年に田老を襲った津波では祖父母も両親も全財産を流されました。そして2011年3月11日。住まいを兼ねた店は、東日本大震災の津波で流されました。家族は無事でした。林本さんは避難していて津波そのものは目にしていません。警報が解除され自宅に戻ると「家が無くなって、市街地が無くなって、破壊されてしまった。言葉も涙も出なく茫然としてしまった」と当時を振り返ります。市が災害危険区域に指定した為、住居は建てられません。仮設住宅で暮らした後、2016年11月、震災後に整備された三王団地に家を再建しました。同じ年の6月、流された場所には店のみ構えました。
1年目、2年目、3年目と売上は伸び震災前の半分を超えるようになりましたが、その後、新型コロナウイスルの蔓延が経営を直撃しました。宿泊施設や飲食店に卸していた業務用の米や酒類の売上が大きく落ち込んでいるのです。震災以前、駅前を中心に80~90世帯の家が建ち並び、地域で商いをしていましたが、今はその住宅街もありません。震災から11年経ち付き合いのあった客は、高齢化や転出により次第に利用が無くなり、売上は減るばかりです。2人の娘は仙台で仕事を見つけ暮らしていて、店の後継者もいなく、展望が開けないのが現状です。
林本さんの現在の住まいは高台にあり「自宅が避難所みたいな安心感はある」と語りつつ、日中、家を離れた時は「いつ、どこで、津波の注意報や警報が出るか」と不安を抱えています。政府の地震調査委員会は去年1月1日時点の評価として、30年以内に千島海溝で東日本大震災のようなM9クラスの地震が起きる確率は最大40%と算定。中央防災会議は、県内で最悪の場合、約3100人が命を落とす恐れがあるとしています。新たな脅威へ備える為、宮古市では住民を対象に説明会を開催し周知すると共に、ハザードマップの更新作業を進めています。

667回「震災で九死に一生を得た元消防士」2022年2月26日OA

2022年02月26日 6:00 PM

宮古市田老の国道沿いにある「はなや蕎麦たろう」。2015年にオープンし、田老産の蕎麦粉を使った十割蕎麦が人気の店です。店主の小林智恵子さんをサポートするのは、夫で元消防士の小林徳光さん(61)です。震災の津波で、小林さん家族は無事でしたが、親戚4人が命を落とし、この蕎麦屋の場所にあった自宅が流されました。店のすぐ前には蕎麦畑が広がります。震災後、お盆の頃に咲く蕎麦の白い花を川井で目にしたのがきっかけで栽培を始めました。震災で亡くなった人に「白い花を手向けたい」、そして震災を生き延びた人に「田老の海で育った昆布、田老の山で育った椎茸で、田老の一杯の蕎麦を提供したい」という思いからでした。
あの日、宮古消防署田老分署にいた小林さんは、震度5弱の揺れに遭遇。大津波警報が発令された中、署内で救急対応をしていると、分署長が「津波だ、逃げろ」と叫びました。しかし小林さんは避難を一瞬、躊躇しました。「大きな堤防が2つあって、その堤防を乗り越えてくる津波を想像できなかった」のです。そして外に出て小林さんが目にしたのは、道路の上を滑るように動くガレキとなった家の屋根でした。津波が迫ってきていたのです。近くにいた高齢男性の手を取り、高台の神社を目指し避難しましたが、たどり着く手前で津波に呑まれました。水中で体が回される中、フェンスにつかまり「このまま死ぬのかと思っていた頃、スーッと水が引いて呼吸ができ」同僚に引き上げられました。手から離れた男性や、水門に赴き殉職した同僚3人を振り返り「僕は生きてしまった。だからここに住んで、ここで生きていくしかない」と九死に一生を得た自分を見つめます。
震災から11年。防潮堤は、震災前の10mから14.7mの高さになり、田老のまちを守っています。しかし日本海溝の地震では約30mの津波が宮古を襲うという想定が出されています。小林さんは「前より大きな堤防ができて安心と言われると思いますが、これを越える津波が来ることも考えなければならない」と震災後、三陸を訪れる小中高校生を対象に防災学習を行っています。又防潮堤の役割について「ここがあることによって、逃げていく時間を稼げる場所という風に考えてもらえれば」と訴えます。津波が来たらとにかく高台へ逃げてほしい・・・津波に呑まれながら一命を取り留めた小林さんは、故郷から発信し続けます。

666回「春一番」2022年2月19日OA

2022年02月19日 6:00 PM

紫波の「@座羽知之帆志(ザウチ)の星」さんから春一番について「どんな現象ですか?」とメールを頂きました。ありがとうございます。春一番は、冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南よりの強い風のことです。その基準は地域、気象台によって若干異なります。気象庁によりますと関東地方では、2月4日ごろの立春から3月21日ごろの春分までの間で、日本海に低気圧があり、最大風速がおおむね8m以上の南よりの風が吹いて、前日より気温が上がった場合、総合的に判断して発表しています。
長崎県壱岐市によりますと、この言葉の発祥は玄界灘にある島「壱岐」とのことです。漁民たちは早春に吹く「春一番」「春一」「カラシ花落とし」と呼ばれる南の暴風を恐れていました。1859年(安政6年)に、この強い風を受けた影響で、大勢の地元漁師が遭難しました。海と共生する壱岐の人々に自然の怖さを忘れないようにとの思いを込めて1987年(昭和62年)、郷ノ浦(ごうのうら)港入口の公園には船の形をした「春一番の塔」が建てられました。近くには遭難者の慰霊碑も建てられています。
北日本の気象台では、この時期、雪が積もっていて春の実感が無いことなどから春一番は発表していません。ところで岩手では春一番のような風は吹かないのでしょうか。関東地方における春一番の基準に合致する風が盛岡で観測されていないか、過去10年調べてみました。すると2014年と2017年を除いた8年は吹いていましたが、その内の6年は雪やみぞれを伴った強風、つまり吹雪でした。例えば去年2月20日は、日本海北部からオホーツク海へ進んだ低気圧や前線の影響で、暖かい南よりの強い風が吹き、九州北部、四国、中国、東海、北陸で春一番を観測しましたが、北日本は雪や雨でした。その他2012年3月16日は東日本から北日本は高気圧に覆われ陽射しがありましたが、翌日は雪が降り寒の戻りとなりました。2016年2月14日は低気圧が日本海で発達し、終日雨降りでしたが、翌日は冬型の気圧配置となり雪に変わりました。つまり春一番に相当するような南よりの強風は、冬の嵐のような荒れた天気の際に観測されることが多く、加えて強い寒の戻りとセットになっていることから、やはり岩手では春一番の発表は適さないのでは、と感じました。

665回「末の松山」2022年2月12日OA

2022年02月12日 6:00 PM

和歌に詠まれてきた名所を「歌枕」と言います。松尾芭蕉は、1689年(元禄2年)江戸を旅立ち美濃国(みののくに)大垣に到着するまでの半年間、東北・北陸の名所旧跡や歌枕を訪ね、紀行文「おくのほそ道」を完成させました。多賀城市や、多賀城市観光協会によりますと、国指定名勝「おくのほそ道の風景地」の内、多賀城市では3か所の歌枕が指定されています。その内の1つが「末の松山」です。八幡(やわた)の宝国寺裏手にある標高約8メートルの丘で、推定樹齢480年、樹高約19メートルの2本のクロマツがそびえています。8世紀から12世紀、平安時代の昔から「歌枕」として遠く都の人々にも知られてきました。大きな津波が襲っても「末の松山」を越えることはできないといういわれから、越すに越せない大きな存在を意味するようになったとされます。この大きな津波とは何を意味するのでしょうか。
東京大学出版会「歴史のなかの地震・噴火」によりますと、清少納言の父として知られる清原元輔(きよはらのもとすけ)の作歌(さっか)「契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとは」。10世紀後半に作られたと考えられるこの歌には本歌(ほんか)があります。「古今和歌集」の「君をおきて あだし心を わがもたば 末の松山 波をこえなむ」。国文学者の河野幸夫(ゆきお)さんによりますと、「古今和歌集」の成立は905年(延喜5年)ですから、この歌は9世紀後半頃に詠まれた歌であることなどから、作者が貞観地震を経験していた可能性が大きい、と推測します。「貞観」とは、安倍貞任(あべのさだとう)の「貞」に観音様の「観」と書きます。国が編纂した歴史書「日本三代実録」には、869年(貞観11年)に起きた貞観地震は揺れが大きく、宮城県にあった多賀城の城郭が崩れ、人々は叫び合い、倒れて起き上がることができず、家屋が倒壊したと記録されています。又、津波による犠牲者は城下1000人程で、野原や道も全て青海原になったとも書かれています。宝国寺は仙台湾から内陸約2キロに位置し、東日本大震災では津波の被害は免れました。
平安時代、貞観地震の大津波により仙台平野が水没する中、難を逃れ衆目を集めた末の松山は、天地(あめつち)を鎮める祈りを込め、歌に詠まれたのかもしれません。

664回「氷柱(つらら)の呼び方」2022年2月5日OA

2022年02月05日 6:00 PM

今日は、水のしずくが凍って垂れ下がった、漢字で氷の柱と書く「氷柱(つらら)」についてです。ポプラ社「つらら」によりますと、その由来はツラツラ光って見えるからだということで、その輝きから命名されたとあります。元々「つらら」という言葉は、中国、四国、近畿、東海、長野、関東の一部で使われていて、明治から昭和にかけては、東京で使われていた「つらら」が「標準語」として全国に広まりました。昔の関東地方では、東京を含めて「あめんぼう」という名前も多かったようです。俗にミズスマシともいう、昆虫の「あめんぼ」とは違います。広辞苑第七版で引くと、棒状につくった飴菓子の「飴ん棒」のことで、他に「つららの異称、たれんぼう」とあります。水飴が垂れ下がっている様子から連想したようです。
学研「全国方言一覧辞典」の「つらら」の頁には、各地の代表的な方言が掲載されていて、その種類に驚かされます。長崎では「びーどろ」と言い、江戸時代のガラスを指す言い方から来ているとか。又、大分の「よーらく」は、仏像にかける玉の飾りを指す言い方。福岡・熊本の「まがんこ」は、代掻きに使う農具、馬の鍬と書く「馬鍬(まぐわ)」の歯の連想からと言われているそうです。それぞれ北国ほどの冷え込みではないことから、できたつららは、小さく細いのかな、と想像します。
北国ではどうかと言いますと、北海道・福島は「しが」、青森「しがま」。共に氷を表す「すが」から来ています。童謡「どじょっこふなっこ」の「春になれば 氷(すが)こも 解けて」の歌詞で有名な「すが」と同じです。玉川学園HPによりますと、この童謡は、1936年、玉川大学合唱団が東北公演旅行で現在の秋田市立金足西小学校に立ち寄った際に誕生しました。秋田市にあるJR「追分(おいわけ)駅」では、到着メロディーとして駅のホームで流れているそうです。岩手・宮城では「たろひ」。つららを意味する、漢字で氷が垂れると書く「たるひ」が訛ったものです。花巻市石鳥谷町で、毎年2月11日、氷の太さでその年の作柄を占う「たろし滝」の「たろし」と同じです。吉田菊治郎著「水沢地方の方言考」によりますと、県内で訛った発音として他に「たらひ・たるし・たるす・たろーしゅ・たろす・たるぎ等」があるとのことです。水が豊かで、寒い冬がある日本、岩手は、つららの表現も豊かなのです。

663回「雪に関連した季語」2022年1月29日OA

2022年01月29日 6:00 PM

角川俳句大歳時記より、雪に関連した季語を拾ってみました。
六つの花と書いて「六花(むつのはな」=結晶が六角形であることから雪の異名です。雪が降るさまを花の散るさまに見立て「雪の花」。雪を銀になぞらえ同様に「銀花(ぎんか)」。雪が降ってきそうな空模様「雪空(ゆきぞら)」。積もった雪のために辺りが明るく見える「雪明かり」。樹木などに積もった雪が落ちる音を表す「雪の声」。深く積もり、音を吸い込むような「深雪(みゆき)」。寒く乾いた時に降る「粉雪」、細かい雪と書く「細雪(ささめゆき)」、精米する時に砕けた小さい米のような「小米雪(こごめゆき)」。「白雪」、餅のようにふわふたした「餅雪」。衾(ふすま)、つまり現在の掛布団のように多く積もった「衾雪(ふすまゆき)」。「明けの雪」、「今朝の雪」、「雪の宿」、新しく降り積もった「新雪」、積もったまま春まで残る「根雪」、「積雪」、「べと雪」。木の枝や電線などに降り積もった雪がずれて垂れ下がり、飾り紐のように見える「雪紐」。「筒雪」、「冠雪(かんむりゆき)」、山の稜線の風下の谷側に、庇(ひさし)のように張り出した「雪庇(せっぴ)」。「水雪」、雪に華やかと書いて「雪華(せっか)」、雪の結晶がいくつか合わさった、ひとひら「雪片(せっぺん)」、降り積もった雪の重みで締まった状態となった「しまり雪」、日中解けた積雪が日没後再び凍結し、それを繰り返してできる「ざらめ雪」、水分を多く含んだ「湿雪(しっせつ)」、吹雪を指す「雪風(ゆきかぜ)」、雪のある時の月夜「雪月夜(ゆきづきよ)」、「雪景色」、夕暮れに降る「暮雪(ぼせつ)」、雪の多い地方「雪国」、以上35個です。
四季の代表的な眺めを表す「雪月花」という言葉があるように、雪は春の花、秋の月と並んで冬の美を代表します。一方で豪雪は災害をもたらし、白魔と魔物に例えられるほど恐ろしいものでもあります。豊かな表現の数々から、雪と共に暮らしてきた先人がどれほど子細に雪を観察してきたかが、よくわかります。

662回「海底火山噴火による津波」2022年1月22日OA

2022年01月22日 6:00 PM

気象庁は南太平洋の島国トンガ沖の海底火山噴火の影響で、16日午前0時15分、鹿児島県の奄美群島、トカラ列島に津波警報を出し、午前2時54分に岩手県も津波警報の対象地域に追加。深夜の出来事に緊張が走りました。午前11時20分に津波注意報に切り替えられ、午後2時に津波注意報も解除されました。県内では未明から朝にかけて久慈港で1メートル10センチ、宮古と釜石で40センチ、大船渡で30センチの津波を観測しました。県内で津波を観測したのは2016年11月22日、福島県沖を震源とするマグニチュード7.4の地震で、久慈港で80センチなど観測して以来です。避難所は沿岸12市町村に88か所開設され、最大で1346人が避難しました。県によりますと、大船渡市、陸前高田市、山田町では養殖施設など水産関係の被害が確認されました。漁業関係者は復旧作業を急いでいます。海底火山の噴火で起きた前例のないメカニズムによる潮位変化について、気象庁は日本の太平洋側に津波警報と津波注意報を発表しながら、記者会見で「津波」と明言しませんでした。会見では予想された時刻より早く海面の変化が生じたことなどを挙げ「潮位変化」だと繰り返し「メカニズムが分からない」「通常の津波とは異なる」と強調しました。一方、津波警報を出した理由について、防災対応を呼びかける為に、既存の仕組みを活用したと説明しました。気象庁は今回、異変をどう呼ぶかに苦慮しつつ、避難の呼びかけを優先させた形です。
そのメカニズムについて、東北大学災害科学国際研究所の今村文彦教授は、噴火による空気の振動「空振(くうしん)」により、気圧が急激に上がり、下に押された海面が元に戻ろうとして大きな潮位の変化を引き起こしたと分析しています。一般的には海底の地震により大量の海水が持ち上げられ、それが周りに伝わって津波となりますが、今回は噴火の衝撃が空気を通して海面に伝わり津波が起きたとみられているのです。また、ニュージーランドの専門家は過去の噴火で形成された「カルデラ」と呼ばれる巨大なくぼ地の一部が崩壊し、広い範囲に影響を及ぼす津波が発生した可能性があるとした上で、空気の振動による津波と合わせて「津波は2回発生したと考えられる」と指摘しました。今後の詳細な解析が待たれる今回の津波。メカニズム解明の如何に関わらず、命を守る為、最善の行動を取るべきことに変わりはありません。

661回「介護老人保健施設の備え」2022年1月15日OA

2022年01月15日 6:00 PM

陸前高田市高田町の高台にある介護老人保健施設「松原苑」を訪ねました。震災当時、松原苑には300人を超える利用者と職員がいました。利用者の大半は看護・介護が必要な80代から90代で、寝たきりの高齢者は88人いました。建物の窓枠は外れ、ガラスは割れ、天井が一部落ち、水道管も破裂し水浸しになり、職員が利用者を背負うなどして外へ避難しました。松原苑の利用者は全員無事でしたが、非番だった職員2人が犠牲になりました。
IBCは発災後、陸前高田市に入り松原苑を拠点に、変わり果てたまちの惨状をラジオやテレビで伝えました。当時、お世話になった松原苑の入澤美紀子看護部長に、その後の苑の備えについてお聞きしました。あの時、電気、ガス、水道といったライフラインは途絶し、わずかな非常食で救援を待っていました。食べ物の他、体を暖めるものが必要でした。震災後、倉庫で備蓄量を増やしたのが「使い切りカイロ」です。入澤さんは「身体機能の落ちている高齢者は寒がる方が多いので、体温を上げることを徹底しなければ」と語ります。
防災訓練で使用しているのがA4サイズのアクションカードです。災害関連の研修会で知り製作したもので、緑、黄色など色分けされ、首から提げて使用します。カードには看護部長用の他、消火班、救護班、誘導班などの種類があります。看護部長用は「1.災害情報を集める 苑内情報の把握、被害状況(職員、利用者、設備、機器)、ライフラインの稼働状況」など、誘導班は「1.誘導班長の指示を受ける 2.避難場所へ誘導、避難経路の確保・搬送 3.誘導完了の居室の扉を閉める」など、チェック事項が細かく記されています。チェック事項は常に見直しを行っています。カードはヘルメットやヘッドライトと共に1か所にまとめられていて、発災時、身に着けることで、自分の役割を確認しながら行動できます。これは「震災の時は不安の中で動いていました。アクションカードによって確信を持ちながら動く為です」と話しています。又、ラミネート加工されていることで、ペンで書き込んだり、消したりと記録が容易です。「あの日、メモもできない中、その後、当時のことを思い出すことが大変で、記録することの大切さを実感したから」ということです。松原苑ではあの日を教訓として備えと訓練が続けられています。

660回「日本海溝・千島海溝地震被害想定」2022年1月8日OA

2022年01月08日 6:00 PM

先月21日、政府は北海道から東北地方の太平洋沖にある日本海溝・千島海溝沿いで巨大地震が発生した場合の被害想定を公表しました。県内では最悪の場合約1万1千人が死亡するという想定です。これは内閣府の中央防災会議が取りまとめたもので、岩手県沖から北海道沖に続く日本海溝と、北海道から千島列島沖に続く千島海溝で発生するマグニチュード9クラスの巨大地震が対象です。この地震による津波の浸水想定は、一昨年9月に公表されました。宮古市では最大でおよそ30メートルの津波が押し寄せるとされ、東日本大震災を上回る高さまで浸水すると想定される市町村もあります。
被害が大きいのは日本海溝の地震です。寒さや雪などで避難に時間がかかる冬の深夜に津波が押し寄せた場合、早期に避難者する人が2割にとどまるケースでは、全国でおよそ19万9千人、県内では東日本大震災を超えるおよそ1万1千人が死亡する想定となっています。
ほとんどが津波による死者で、高台に避難した後も屋内に二次避難できなかった場合、寒さによって低体温症で亡くなるリスクが高まることも指摘されています。建物等は津波により約17000棟が全壊、又、液状化、揺れ、急傾斜地崩壊、火災により約1000棟が全壊すると想定されています。二之湯智(にのゆさとし)防災担当大臣は会見で、津波の早期避難を徹底すれば「死者数が8割減という想定になっていて、命を守る事を最重要課題にして取り組んでいきたい」と語っています。被害想定を議論する国のワーキンググループの委員を務める東北大学の今村文彦教授は、今回新たに示された低体温症のリスクについて「高台やビルの屋上などは低体温症の対応がまだ不足している部分があると思います。例えばブルーシートや毛布を備蓄倉庫の中や屋上などの避難場所で準備することで、十分対策ができます」と指摘しています。県は今後、市町村ごとの被害想定を取りまとめ、今年6月をめどに公表したいとしています。
今回の想定は、広域にわたり甚大な被害の恐れがありますが、対策を講じれば被害は減少する見込みです。地域全体で冷静に受け止め、避難訓練などを重ね1人でも被害を減らすよう取り組むことが肝要です。

659回「気仙隕石」2022年1月1日OA

2022年01月01日 6:00 PM

日本最大の隕石が岩手に落ちたことを御存じでしょうか。「気仙天隕石物語」によりますと、嘉永3年(1850)5月4日の明け方、陸前高田市気仙町にある長圓寺の参道付近に物体は落下しました。暴風雨で雷が鳴る中、雷鳴をかき消すほどの大音響が響き、辺りは真昼のように明るくなりました。風雨は収まり、人々が落下物に近づくと、地中からもうもうと白煙を上げ、異様な音がしていたと言います。気仙隕石は、落下が目撃され、落下地点、日時、状況などが記録されている点でも貴重です。掘り出された後は、寺に運ばれ外縁に置かれました。この隕石は養蚕や漁業、疾病に効き目があると信じられ、多くの人が砕いて破片を持ち去りました。明治27年(1894)に帝国博物館に献納されたときの重さは135kgでした。更に研究用に削られて現在、国立科学博物館に展示されている最も大きな塊は106kgです。
先日、取材で長圓寺を訪れた際、隕石の欠片を見せて頂きました。手のひらサイズ、暗い灰色で粒が細かく、鉄瓶を思わせるような重みがありました。寺の女性は『ご利益があるということで急須に入れてお茶を飲んだ』と懐かしそうに話していました。
隕石は小惑星の一部ですが、小惑星衝突と気候変動との関連で興味深い研究があります。東北大学と気象庁気象研究所は2016年7月、小惑星衝突時の恐竜やアンモナイトなどの絶滅は、衝突で発生した煤による気候変動が原因だったとする研究結果を発表しました。約6600万年前、小惑星がメキシコ湾ユカタン半島付近に衝突し、恐竜などが絶滅しました。原因はこれまで地球規模の寒冷化と考えられてきました。ところが衝突時にスペインなどの周辺海域海底に堆積した堆積岩を調べると、煤が異常に多いことが分かりました。更に成層圏に放出された煤の量から大気や海洋などの気候変動を計算したところ、これまでの恐竜絶滅シナリオとは全く異なる結果が出ました。煤の成層圏放出による太陽光吸収で気温は低下したものの、低緯度は恐竜が棲める気温でした。ただ降水量は砂漠並みで、陸上植物は枯れ、食物連鎖的に絶滅、海は光合成帯が縮小し水温低下が起き、アンモナイトが絶滅したと考えられる、とのことです。隕石をめぐる話題、興味が尽きません。

658回「震災・沿岸市長村長の提言」2021年12月25日OA

2021年12月25日 6:00 PM

地域課題解決に取り組むNPО法人「岩手地域総合研究所」が発行した記録誌「東日本大震災・津波から10年~私たちの取り組み~」についてです。東日本大震災の教訓と復興の歩みを後世に伝えようというもので、沿岸の市町村長に震災時の救助活動や復興事業、現在の課題について尋ねたインタビューも掲載されています。
大船渡市の戸田公明市長は、速やかな復興の為『応急仮設住宅の建設地を事前に決定しておくことが大事です』と訴えます。又、浸水想定区域について住宅高台移転の事前実行を行う際、「差込型高台移転」を勧めています。市が行った既存集落の近くの空き地を利用して防災集団移転先を整備する方法で、工期が短く、工事費用が抑えられ、既存コミュニティが維持できるなどのメリットがあるから、ということです。
陸前高田市の戸羽太市長は、派遣された自衛隊の指揮の問題点を指摘しています。自衛隊は、客室に誰かが残っている可能性のあるホテルの取り壊しなど、市長の命令で動く仕組みになっていますが、市長は災害救助については素人で、自衛隊の技術・能力も把握していません。一番有効な手段を取る為のシステムを国全体で見直すべきと感じている、ということです。又、まちのかさ上げの選択肢は区画整理事業しかなく『制度上、3分の1から半分近くは空き地になってしまうのは初めから分かっていました』と語っています。公金を使う区画整理は手続きに時間がかかります。その間に、民間事業者が山を切り崩し、宅地を整備。区画整理を待てない人たちが自宅を再建したのです。区画整理後、元の家があった場所の近くに整備された土地を引き渡されても、既に家を建てています。用途が宅地に限定されているので、農地にすることもできず空き地になってしまう、というわけです。区画整理事業の空き地問題は、制度を考え直すことが必要と訴えます。加えて、例えば防災集団移転促進事業では、地元のことをよく知らない大臣の押印など無駄な手続きが多く時間がかかり『時限でいいので国や県が持っている許認可権を一段、落としてほしい』と現場への権限移譲を課題として挙げています。記録誌は600部発行され、県や各市町村の図書館に贈られ、読むことができます。

657回「新聞大会2」2021年12月18日OA

2021年12月18日 6:00 PM

前回に続いて先月、盛岡で開かれた新聞大会についてです。私は被災3県4紙記者座談会の司会を担当しました。
登壇者の内、福島民報社報道部副部長の鈴木仁(じん)さんは、原発事故の避難先で家族が体調を崩して亡くなる「原発関連死」について取り上げています。「福島県内で地震、津波による直接死は1605人で、関連死はそれを大きく上回る2331人に上っています。この1年で20人近く増えている現状。原発事故による心労が避難者を苦しめている状況が浮かびます。関連死に至る経緯は様々で、市町村が設ける審査会の認定の判断が難しくなっている面もあるようです。一方で遺族側も災害で激変した生活、避難の状況が健康にどのような影響を及ぼしたのか説明する記録を提出できない悩みを抱えています」として、大切な家族を喪った人の思いや実態を共有してゆく必要性を訴えています。今後、地元紙が果たす役割について「原発事故が起きた県内では『風化』と並んで『風評』も大きな問題です。人々の意識が原発事故に向いていると風評を生んでしまいます。意識が向かなくなれば風化する、という懸念があります。ある県の幹部は『原発事故の影響はまだ続いている。支援してほしい』」と強く発信すると『福島はまだそんなに危ないのか』と思われる。一方で『福島の復興は進んでいる』とアピールすれば『ではもう支援はいらないのでは』と言われる。バランスが難しいと話していた」として「原発事故からの復興が道半ばであること、食品をはじめとした県産品は安全で魅力的であることを地道に報道し続けていく必要がある」と結びました。
福島民友新聞社報道部次長の菅野篤司(あつし)さんは、原発事故の影響により浜通りを中心とする12市町村で長期の避難を余儀なくされ、双葉町では全町避難が継続中であることに触れ、最大の課題として「古里そのものが失われたという喪失感に向き合うこと」を挙げています。被災者の選択は「帰る」「帰らない」「帰りたいけど帰れない」「帰ることがためらわれるが戻らなければ」「今は判断できない」と分断され立場が違います。菅野さんは「その全てが正解だと考えている」として、元の住民のゆるやかなつながりを維持していく為、船と船をつなぐように「もやい直し」していくことの重要性を指摘しています。岩手県も他人事ではありません。復興庁のデータによると、先月末現在、福島県から岩手県に避難し暮らしている人は、332人います。震災は終わっていません。

656回「新聞大会1」2021年12月11日OA

2021年12月11日 6:00 PM

先月17日、新聞、通信、放送各社が加盟する日本新聞協会は盛岡市で新聞大会を開き、加盟社が災害報道の重要性について議論しました。私は被災3県4紙記者座談会の司会を担当しました。会場の盛岡市内のホテルには、全国の報道機関から約80人が参加し、座談会の模様はオンラインでも配信されました。
登壇者の内、岩手日報社釜石支局長の川端章子(あきこ)さんは震災報道について、津波で家族を喪った方を取材した際のエピソードを紹介。「初めてお会いしたご遺族の方に『共感など簡単に言わないでほしい』というようなことを言われた。それを聞いてから、言葉一つ一つが自分にとってどういうものなのか、しっかり聞くようになった」と振り返っていました。私も川端さん同様、被災しておらず、家族を喪ったわけではありません。ご遺族にどう接するか悩みながら取材を続けています。「寄り添う」ことはできないとしても、せめて「寄り添いたい」という想いを抱きながら、ご遺族に接するように心がけております。
河北新報社報道部震災取材班キャップの高橋鉄男さんは、復興過程で見えてきた課題として3点を挙げました。1つ目は「被災者は復興したのか」。国の被災者生活再建支援金制度の支給状況を挙げ「被災19万世帯の内、4割のおよそ7万世帯は、自治体が用意した宅地や災害公営住宅を使わずに自力再建しました。自治体の見守りは災害公営住宅や集団移転した団地が中心です」として、自力再建した人たちの心の復興などフォローできず、被災者を一括りにできなくなっている点を指摘します。2つ目は壊れたままの自宅で生活を続ける在宅被災者の個別再建を、専門家と連携して後押しする「災害ケースマネジメント」です。東北弁護士会連合会によると「災害救助法が適用され応急修理制度を利用すると応急仮設住宅には入居できなくなる」「東日本大震災において住家を十分に修繕できずに、不自由な生活を強いられている在宅被災者が多数存在し、必要な福祉的支援などを受けることもできていなかったことが報告されている」とのことです。司法と福祉の連携がカギになります。3つ目は「伝承」です。高橋さんは「被災地には伝承施設が揃いハードが整備されたものの、10年で語り部は高齢化し、若者も就職で語り部活動から離れています。人づくりが重要ですが、国の復興予算にメニューが無く、こうしたことを問題提起していきたい」としています。
次回も被災3県4紙記者座談会について取り上げます。

655回「東日本大震災津波伝承館」2021年12月4日OA

2021年12月04日 6:00 PM

10月、陸前高田市気仙町の東日本大震災津波伝承館を訪れました。先人の英知に学び、東日本大震災津波の事実と教訓を世界中の人々と共有し、自然災害に強い社会を一緒に実現することを目指しています。沢山の人に見て頂きたい為、入場は無料です。今年9月、オープンから丸2年で来館者が40万人に達しました。
ゾーンは「歴史をひもとく」「事実を知る」「教訓を学ぶ」「復興を共に進める」の4つに分かれています。「事実を知る」では、陸前高田市内の高田地区と今泉地区を結ぶ気仙大橋の橋桁=橋の道路部分の一部が展示されています。気仙大橋は、気仙川に流入した大津波の凄まじい力によって押し流されました。鋼鉄製の橋桁は大きく二つに分断され、折れ曲がり、ねじれ、一方は284m、もう一方は307m上流まで流されました。展示されているのは、307m上流まで流された物の一部で、重量は2.5トンもあります。赤茶けたその無残な姿から、自然の脅威を実感すると共に、津波は川を遡ることを再認識します。
その隣には田野畑村で、津波で押し流された消防車が展示されています。消防隊員たちは、水門閉鎖や避難誘導、消火活動、孤立した人たちの救助活動などに尽力しました。発災時に水門に向かうことはそれ自体、危険を伴います。更に地震被害や停電、自家発電装置の不具合などにより、困難な状況での作業となった水門もありました。また直ちに避難しない住民への説得や避難の介助を行う中で逃げ遅れた消防団員もいました。殉職した消防団員は県内で90人。速やかに地域住民が逃げていれば、消防団員が犠牲にならなくて済んだケースもあったのです。
東日本大震災津波伝承館は、浸水区域に立地し、津波注意報や津波警報が出されたら、すぐに高台に避難する必要があります。立花起一副館長は「広島の原爆ドームも、沖縄のひめゆりの塔も、歴史上の場所にある。この建物も山手ではなく、ここにあるからこそ実感できることがあると思っている」と話しています。
「教訓を学ぶ」ゾーンで心に残ったのが、災害が発生した時の人間の心理状態についての解説です。人の取る行動は「茫然としてしまう人」が約8割、「パニックに陥る人」が約1割、「避難行動に移る人」が約1割、ということです。いざという時に体が動くように、訓練が大切だと感じました。