気象と防災 マメ知識!

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気象と防災 マメ知識!

気象予報士・防災士の神山 浩樹(IBCアナウンサー)がお届けする5分間。

◆放送日時
毎週土曜日17:50~17:55
番組開始:2009年4月〜

◆出演
神山浩樹(IBCアナウンサー)

お便り・お問い合わせ

558回「山田町の状況2(台風19号)」2020年1月25日OA

2020年01月25日 6:00 PM

去年10月の台風19号で被害を受けた、山田町の船越家族旅行村についてです。1986年7月、船越・浦の浜地区に、海水浴や海浜キャンプができる海洋型の県内初の施設としてオープンしました。斜面の下の方にある三角屋根のケビンハウス10棟は被災を免れましたが、上の方にあるオートキャンプ場、トレーラーハウスの敷地内に土砂が流入しました。

先月、現場に足を運ぶと、キャンプ場内の管理棟脇は信じられない光景でした。調理室や温水シャワーを備えた北欧風の建物・サニタリーハウス北側斜面のアスファルトは、長さ50m、幅15m、深い所では7m程、大きくえぐれていました。排水管がむき出しになり、陥没穴の西側向こうに4台見えるトレーラーハウスには、たどり着けません。サニタリーハウスの階段は一部、浮いていて、その背後や周辺は土砂に覆われ、30区画あるオートキャンプ場は使用できません。町によりますと、キャンプ場の上にある治山ダムから土石流が溢れ敷地内に流入。敷地内を流れる暗渠排水にも土石流が堆積し排水管が破損。溢れ出た水が地中に広がり液状化現象を引き起こし、軟弱地盤となった部分の土砂が一気に下流に流れ出し、敷地内を分断するように陥没したとみられています。

台風襲来時、キャンプ場では町の職員2人が、敷地内の建物の浸水に備えて土のうを積んでいました。10月13日午前0時半頃、作業を終え管理棟に立ち寄った際、目の前で、集会施設ごと敷地が陥没したとのことです。山田町では10月12日夜から雨脚が強まり、13日未明には町として観測史上最大の1時間降水量77.5ミリを記録しました。猛烈な雨が降っている時間帯に、地盤が崩落したのです。船越家族旅行村の利用者は震災以降、1000人以下で推移してきましたが、ここ1-2年は、美しい沿岸地域を歩く「みちのく潮風トレイル」や、キャンプブームもあり、震災前の水準に戻りつつありました。1日も早い復旧が待たれますが、被害額は1億2000万円と見積もられていて、元通りになるには、まだ時間がかかりそうです。

 

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557回「防災用品専門店」2020年1月18日OA

2020年01月18日 6:00 PM

今日は、岩手では珍しい防災グッズ専門店についてです。去年8月、矢巾町広宮沢にオープンした「防災ショップ ライノ」は、小さな会議室ほどのスペースに、非常用ライトなど100点を超える商品を揃えています。店名の「ライノ」は英語で動物の「サイ」のこと。店のマークにもサイのキャラクターが木の棒を持ったイラストを使い、「棒」と「サイ」で「防災」の意味が込められています。

県内を中心に運送事業を行う会社を営む工藤政樹さんが始めました。東日本大震災の直後に行った古着を届ける支援活動をきっかけに「支援物資を置く備蓄倉庫にもなれば」と店を開きました。3年前には防災士の資格を取得、社員とともに救命講習も受講してきました。その防災意識を形にしたのが、工藤さんが考案した非常用のポーチセットです。片手で持てる大きさの中に、ホイッスル、羊羹、救急セット、ブランケットなど15点が入っています。工藤さんは「初期行動で必要なものを重点に、応急手当に使うものから、ちょっと口に入れられるもの、寒暖差に対応したものが凝縮されています」と説明します。防災用品は何を準備したら良いのか悩みますが、このセットをベースに、他に自分に必要なものを加えると良さそうです。

工藤さんは停電対策として枕元に「電池式ランタン」の他、「ケミカルライト」と「灯油式ランタン」を準備しているそうです。「ケミカルライト」は、スティック状で電池を使わず、ポキッと折り曲げると液体の化学反応により5分間、光り続けるものです。暗闇でスイッチを探す手間が省け、難しい操作が要らないというメリットがあります。「灯油式ランタン」は、明かりと共に温かさが得られます。又、工藤さんは「寝袋」の普段使いを提案しています。自宅では脚を中に入れテレビを見ているとのことで、暖房代の節約に加え、停電時、寝袋に入りながら布団をかけると、とても温かく眠れると勧めます。工藤さんは「震災の時は日本全国から色々な支援を受けたので、逆に岩手が支援できるように防災に対して意識の高い県に。岩手県から発信できるようになればいいなと思っています」と、幅広い防災グッズの販売を通して、防災意識向上を願っています。

556回「ペット同伴避難」2020年1月11日OA

2020年01月11日 6:00 PM

先月、宮古市で災害時のペット避難の現状と課題を探る「ペット同伴避難全国サミット」が初めて開かれました。集まったのは自治体や保健所の職員や犬の訓練士の他、県の内外からペット避難に関心を持つ人たちで、2日間で約70人が参加しました。企画したのは、宮古市内で飼育放棄や殺処分の対象となった犬の保護活動を行うNPO法人「命ほにほに」の代表、梶山永江(かじやまひさえ)さんです。花巻で犬の訓練士をしていた梶山さんは、東日本大震災後、変わり果てた故郷・宮古に戻り、犬の保護活動を始めました。ある時、ペットの飼い主から「ペットと一緒に避難所に避難することを、飼っていない人に知ってもらいたい」という声を受け、ペットの避難についても考えるようになりました。

国は2013年、災害時にペットを連れて安全な場所へ逃げる「同行避難」のガイドラインを作成しました。震災の混乱の中で飼い主とはぐれたペットや、長期間取り残されて野生化したペットが多くいた為です。一方、梶山さんが目指すのは「同伴避難」。避難先で飼い主とペットが別々になるのではなく、一緒に過ごすことができる避難の形です。「命ほにほに」はその第一歩として飼い主とペットによる訓練を月に一度開き、「飼い主以外がリードをもつ、エサをやる」「慣れない場所で専用の小屋=ケージに入る」等といったしつけを実践しています。しかし、避難所運営は自治体や避難所ごとに任されている部分が大きく、去年10月の台風19号でもペットを連れての避難が叶わず、家族と犬が車の中で過ごしたケースがありました。避難所の規模や動物の匂い、鳴き声など課題が多い同伴避難。サミットで宮古市の担当者からは去年、市の防災訓練の中で初めてペットとの避難を行い、「犬は多くの人が見えると興奮する為、ブルーシートで目隠しをした」といった報告がありました。宮古市のガイドラインは同行避難ですが同伴避難も交えた訓練を継続したいということです。又、サミットのパネラーの一人、新潟県の犬の訓練士からは、同伴避難専用の避難所や避難スペースを設置し、そこに獣医師やトレーナーなど専門家を集める形を提案しました。参加者は「ペットと一緒に避難できるなら、危ない思いをして自宅で頑張っていなくても避難所に行きやすい」「同伴避難が可能な避難所のマップがあれば」と語っていました。

梶山さんは「人命を守ることが大前提なら、ペットと一緒に逃げられる場所を作ってもらわなければ飼い主は逃げません。そこだけを理解してほしいと思っています。」と訴え、今後もサミットを開催しペット同伴避難の仕組みの確立を目指すことにしています。

555回「仙台市荒浜地区住宅基礎」2020年1月4日OA

2020年01月04日 6:00 PM

今日は去年8月から公開されている震災遺構「仙台市荒浜地区住宅基礎」についてです。市の中心部から東に約10キロ離れた沿岸に位置する若林区の荒浜地区は、歴史ある運河・貞山堀(ていざんぼり)が集落を貫き、周囲に約800世帯、2200人の方が生活していました。しかし東日本大震災では10mの大津波に襲われ、荒浜地区だけで190人以上の方が命を落としました。

震災遺構は貞山堀の東側、海から200-300mの所にあります。見渡す限り笹や枯れたススキが生い茂り、土埃が舞っています。校庭ほどの広さのエリアに津波で流された6戸の住宅跡があり、その間に続く通路を歩いて見学します。荒浜では1軒あたり400坪前後の広い敷地で暮らしていたということで、母屋の他、屋外に浴室やトイレ、半農半漁の作業小屋が並ぶお宅の跡もあり、約9年前にあった家族の賑やかな声が聞こえてきそうです。堤防には津波に耐えた黒松がわずかに残っています。パネルの写真では、黒松林を抜けると広がる市内唯一の海水浴場の様子や、住宅地脇を流れる青く美しい運河など、震災前の荒浜の暮らしを伝えています。通路を進むと住宅基礎の脇に、深さ2m程の水を抜いた池のような穴がありました。説明板では「海から津波が砂を巻き上げながら塊となってやってきて、堤防や家屋に波が乗り上げ高くなり、地面に落ちた際に大地を浸食した」と解説されています。加えてメカニズムを補足する70代女性の証言として「防風林を越えて壁みたいに黒っぽいようなものが松林の上から滝にようにかぶさって来た」と自然の脅威を伝えています。

仙台平野は、869年の貞観地震、1611年の慶長三陸地震など、何度も大津波に襲われ、先人は浪分(なみわけ)神社や石碑などにより、その歴史を残してきました。しかし説明板には地元住民の声として「昔、津波が来たって知っていても、そういう感覚がなくなっている。だから『津波はこんなに怖いんだよ』『地震が来たら逃げるんだよ』と伝えていかないと。それは親が迎えに来たらではなく、自分で逃げるということ」と、先人の声を受け止めきれなかったことへの後悔と、震災を伝える決意が記されていました。「仙台市荒浜地区住宅基礎」は、既に震災遺構として整備されている「荒浜小学校」と共に、荒浜地区のかつての暮らしと、震災の経験や教訓を後世に発信し続けます。

 

554回「停電への備え」2019年12月28日OA

2019年12月28日 6:00 PM

今日は「停電への備え」について考えます。今年9月の台風15号では記録的な暴風となり、千葉県を中心に最大93万戸以上の大規模停電が発生しました。県内でも10月の台風19号で、延べ4万1000戸以上が停電しました。停電は台風だけではありません。2010年12月31日から2011年1月1日にかけ、発達した低気圧により県内は北部を中心に湿った大雪となり、約2万戸が停電しました。又、去年9月の北海道胆振東部地震では国内初の全域停電=ブラックアウトが発生し、約295万戸が停電、電力が復旧するまでの約45時間、多くの世帯が電気の無い生活を強いられました。

このような停電に対して、家庭ではどんな備えが必要でしょう。まずは夜間、安全に行動する為に「懐中電灯」を準備しましょう。又、階段には「蓄光テープ」が有効です。インターネットや携帯電話などが利用できない恐れがありますので情報収集の為に「ラジオ」や「予備の電池」を準備しておきましょう。「カセットコンロとガスボンベ」があれば食事が作れます。夏場は「ペットボトルに水を凍らせておく」と冷蔵庫の保冷や飲用に使えます。冬場は温風ヒーターが使えない時の為の「反射式ストーブ」は、煮炊きできる調理器具としても重宝します。車は燃料メーターが半分程度になったら「満タン」にすることを心がけましょう。災害時、ガソリンスタンドが大行列になる等、燃料の入手が困難になる恐れがあります。車が動けばカーラジオからの情報収集や、冷暖房が使えるスペースとしても活用できます。又、断水に備えて飲料水は「1日あたり1人3リットル」を目安に備蓄しておくと良いでしょう。

「警視庁警備部災害対策課」のツイッターでは、停電対策として懐中電灯をランタンに変える活用術について取り上げています。懐中電灯の上に水を入れたペットボトルを乗せるだけで光が乱反射して周りを照らすことができる、というものです。火を使わないので安全です。又、同じツイッターで、停電で冷蔵庫が止まってしまった場合、冷凍庫にあるものを冷蔵庫の上の段に移動して、冷蔵庫の下の段に冷やしたい食品を移す工夫も取り上げていました。冷凍庫にあったものの冷気で下の段の食品をしばらく保冷することができるからです。ただし水滴で冷蔵庫の中が水浸しにならないよう、新聞紙を敷くのがポイントのようです。停電になっても慌てることのないよう、日頃から備えを意識しましょう。

553回「ヒアリ」2019年12月21日OA

2019年12月21日 6:00 PM

今日は南米原産の特定外来生物「ヒアリ」についてです。日本には2017年、神戸港を経由して運ばれてきたコンテナの中で初めて発見されました。その後、九州から関東にかけて次々発見され、東北では未確認ですが、北海道でも確認されました。刺されると火が付いたように痛むことからFireAnt(火蟻)と呼ばれるヒアリ。どんな生き物で、どんな点に注意したら良いのか、盛岡市の岩手県立博物館で紹介しています。

大きさは1センチぐらいと思っていましたが、標本は5ミリ程度で、その小ささに驚きました。色はツヤのある赤茶色で腹部は黒く、日当たりの良い砂地などに、土で高さ30センチ程の蟻塚を作るのが特徴とのことです。巣に近づいた人を集団で襲い毒針で刺すだけではなく、元からいたアリなど在来の生物を減少させたり、野外に置いた機械に侵入して壊したり、農作物を食い荒らしたりする等、様々な問題を引き起こします。ヒアリに刺されると、蜂に刺されたような強い痛みがあり、痒くなります。その後、腫れたり、蕁麻疹が出たり、更には動悸や目眩、意識を失うなどの強いアレルギー=アナフィラキシーショックを起こす恐れがあり、その場合は命の危険があるので、すぐに救急車を呼ぶ必要があります。ヒアリが岩手に侵入したとしても冬の寒さで死滅することが予想され定着はしないとみられています。ただ国内への侵入は地球温暖化の影響も考えられ、今後の環境変化が気がかりです。

もしヒアリの集団や巣を発見した場合、「環境省ヒアリ相談ダイヤル(0570-046-110)」や岩手県環境生活部自然保護課に連絡してほしいということです。岩手県立博物館の渡辺修二専門学芸調査員は『ヒアリと思ったとしてもアリの巣用の殺虫剤をかけないように』と注意を呼びかけています。ヒアリだった場合、駆除に失敗し巣の奥にいる女王アリが逃げ出すことがあり、又違った場合、元からいたアリや他の生物を殺してしまい、ヒアリが定着しやすい環境になるから、と言うことです。ヒアリに似た赤いアリの標本3種を見ながら渡辺さんは『ヒアリのように見えるアリはどこでも生息しています。しかし岩手ではそれがヒアリである可能性は殆どありません。むやみに殺さず、身近なアリをよく観察し確認しておくことが、将来侵入するかもしれない外来種の一番の備えになります』とアドバイスしています。ヒアリのトピック展は、来年2月2日まで、岩手県立博物館で開かれています。

552回「暖房器具による火災」2019年12月14日OA

2019年12月14日 6:00 PM

県内で住宅火災が相次いでいます。先月30日早朝、盛岡市の中心部で住まいや店舗が入る建物4棟を焼く火事がありました。けが人はいませんでしたが、激しい炎に周囲は一時、騒然としました。今月2日午後には遠野市で住宅を全焼する火事があり、この家に住む89歳の男性が亡くなりました。火事の原因は1階にあった薪ストーブの可能性が高いとみられています。5日朝、矢巾町では住宅1棟を全焼する火事があり、1人の遺体が見つかり1人がけがをしました。警察は1階部分が火元とみて火事の原因を調べています。

冬は石油ストーブや石油ファンヒーターなど、暖房器具が原因とみられる火災が後を絶ちません。NITE(ナイト)=製品評価技術基盤機構によりますと、2014年度から2018年度の5年間で、暖房器具による火災が全国で726件ありました。火災は1月が最も多く168件、次いで2月130件、12月122件となっています。東北6県では暖房器具による事故が59件発生していて、石油ストーブ・石油ファンヒーターの事故は54%の32件、60歳以上の事故は81%の48件を占めていて、5人が犠牲になっています。石油ストーブ・石油ファンヒーターによる住宅の全焼や死亡事故の多くは、使い方が原因で発生しています。2014年10月、秋田県では給油の為に石油ストーブからカートリッジタンクを取り出したところ灯油が漏れて引火し、住宅を全焼して隣の家2軒に延焼、70代の女性が軽傷を負いました。原因はカートリッジタンクに給油した際、ふたをしっかり締めないまま石油ストーブにセットし、再度タンクを抜こうとした際にふたが外れ、タンク内の灯油が漏れて石油ストーブの熱により発火したものとみられます。2016年1月、宮城県では使用中の石油ファンヒーター付近から出火し住宅を全焼しました。この家に住む50代男性が石油ファンヒーターをつけた状態で就寝し、温風吹き出し口近くに積んでいた可燃物が、寝返り等により崩れ、着火したものとみられます。2016年3月、青森県では使用中の石油ストーブ付近から出火して住宅を全焼し、この家に住む90代の女性が亡くなりました。石油ストーブの上方に干していた洗濯物がストーブの上に落下して火災に至ったものとみられます。

給油する前に必ず消火する、給油時は細心の注意を払う、周囲に可燃物を置かないなど、暖房器具を正しく使用し、事故の無いようにしましょう。

 

551回「地域コミュニティ再生」2019年12月7日OA

2019年12月07日 6:00 PM

今日は宮城県山元町についてです。山元町は宮城県の東南端に位置し、人口約1万2000人、イチゴやホッキ貝が特産品の町です。東日本大震災では637人が犠牲になり、家屋2217棟が全壊しました。町の委託を受けた神戸市のNPO法人が運営する「山元復興ステーション」の橋本大樹(ともき)さんに先日、お会いしました。橋本さんは2012年12月頃から、被災した沿岸から内陸に集団移転した3地区のまちづくりを支援しています。心がけているのは、住民が主体となり「課題を共有」し「解決策」を考え「優先順位」をつけ「合意形成」を図り「実行」するという流れです。

戸建ての災害公営住宅の自治会の例です。課題は「担い手不足」で、背景には「会長、副会長の仕事量が多い」という点がありました。そこで提案したのが「部会制の導入」でした。「防犯・防災」「環境・美化」「文化・交流」といった各部会がイベントを企画し、役員会が承認、部会が中心となり実践するのです。これにより役員会の時間短縮など「役員の負担が軽減」され、限られたイベント毎なので「子育て世代も参画しやすい」運営ができるようになったのです。橋本さんは「リーダーシップのある個人に頼る組織は長続きしない」として、この部会制のような「誰が代表になっても活動できる仕組みが必要」と説きます。又、お茶会は女性が参加するものの、男性は気後れして参加しないという「コミュニケーション不足」の課題がありました。話し合いの結果「男性参加を促すには『お酒』が必要」となり集会所を用いた「居酒屋」を企画。支配人、マスター、ママなど役を割り振り、たこ焼きや玉こんにゃくなど100円のおつまみや、熱燗や甘酒などメニューを用意し開催したところ、老若男女が集い大盛況だったということです。この他、行政に働きかけ、地区名をお堅い「新山下駅周辺地区」から、公募により親しみやすい「つばめの杜(もり)」へ改称したり、不便だった町民バスの運行ルートを拡充したりするなど成果を挙げ、主体となった住民の自信になったと言います。

人口が減少し行政も手が回らない状況は被災地に限りません。地域の課題全てを行政に解決してもらうのではなく、自分たちで解決する組織作りが、より求められる時代と言えます。

 

550回「気仙沼大島」2019年11月30日OA

2019年11月30日 6:00 PM

今日は気仙沼大島についてです。宮城県北東部の気仙沼湾に位置し、周囲24.3キロ、人口約2400人、大島出身の詩人・水上不二が「緑の真珠」と詠んだ美しい離島です。今年4月には全長356mの気仙沼大島大橋が開通、気仙沼市街地まで船で約20分かかったのが、車で30秒でアクセスできるようになりました。

先日、気仙沼大島を訪れ、ガイドサークル「潮彩」の村上まき子さんに震災についてお聞きしました。あの日、散歩中だった村上さんは、午後2時46分、立っていられない程の激しい揺れに襲われました。数分間続いた地震は、1時間もの長さに感じられたと振り返ります。民家の瓦が落ち道路にも亀裂が入る中、高台にある自宅に戻ると、近所の人が20人近く集まってきました。その時、驚くべき光景を目にします。気仙沼湾の海水が引いて赤茶色の海底が見えたのです。その後ゴーゴーと音を立てて、真っ黒い壁のような津波が襲来しました。市によりますと、気仙沼大島には最大約9mの大津波が押し寄せ、33人が犠牲になり家屋1434棟が被災しました。気仙沼市は震災で火災にも見舞われました。3月11日夕方、港にあったタンク22基が流され油が流出し引火、湾は火の海と化しました。そして燃えたガレキは大島に漂着し島の北側で火災が発生したのです。気仙沼・本吉地域広域行政事務組合消防本部の記録によりますと、12日に発生した林野火災は6日間にわたり燃え続けました。航路の起点である浦の浜が被災し島は孤立、炎は大島のシンボルである標高235mの亀山を超えて民家のある麓まで迫りました。村上さんは「大島を守る為、大島中の男の子達が大人に混じって消火活動を手伝った」と涙ながらに語ります。島の約3分の1、亀山の半分以上が焼失しましたが、ポンプ車延べ14台とヘリによる消火の他、300人を超える住民やボランティアなどの協力もあり、民家への延焼は食い止められました。

村上さんと共に亀山のレストハウスから遊歩道を通り頂上まで登りました。未だ残る北側の山肌の黒さが8年半前の火災の凄まじさを物語っていました。村上さんはボランティアが植えたサクラやツツジを前に「先人達が育ててきた緑が一瞬で無くなった。木々の成長を、これからの人に見守ってほしい」と緑の真珠再生に思いを馳せていました。

549回「釜石市の状況(台風19号)」2019年11月23日OA

2019年11月23日 6:00 PM

台風19号による県内の死者が増えました。県によりますと、釜石市の60代の男性は、台風19号が過ぎ去った先月13日の夜、釜石市鵜住居町の市道で車を運転していたところ、台風の影響によってできた道路の陥没に車ごと落下しました。男性は県立釜石病院に搬送され当初は重傷とされていましたが、容体が急変し今月7日に亡くなったということです。台風19号により県内では、田野畑村で軽トラックが崩落した道路に転落し運転していた71歳の男性が死亡、宮古市築地付近では土砂崩れにより59歳の男性が亡くなっています。今回の釜石の男性を合わせて、死者は3人となりました。釜石市によりますと、台風19号により市内の住家は、全壊6棟、大規模半壊1棟、半壊10棟など、214棟が被災しました。

私は先月31日、災害ボランティアで釜石市平田地区に参りました。以前は2世帯7人が住み、現在、高齢の夫婦2人が暮らす築43年のお宅でした。家の脇は緩やかな斜面の砂利道になっていて、その敷地側半分、長さ100m以上、幅2m、深さ1m程、陥没していました。釜石では台風19号の総雨量が323.5ミリに達しました。大雨により山から出た水が集まり激しい濁流となり、道をえぐったもので、穴を覗き込むと水道管や下水管が剥き出しになっていました。風が吹くと辺りは土埃が舞います。敷地に入る為に渡した鉄板の横では、猫が何事もなかったかのように日向ぼっこしていて、非常時と穏やかさが一緒にありました。杖をついた家人の男性は「床下浸水して泥が残っていて、夜、1階で寝ていると下から嫌な臭いがする」と困っていました。

この日のボランティアの作業は庭一面に5センチ前後、溜まっていた泥の撤去でした。全体に湿っていて、特に日陰の泥は長靴がめり込みました。15人で4時間かけスコップで詰めた土嚢は200袋以上になりました。土嚢は1つ20~30キロあるので約5トンを一輪車で敷地外に運び出したことになります。土嚢は後日、市が回収し、中の泥は道路工事の埋め立て等に利用するということです。釜石市災害ボランティアセンターにお聞きしたところ、今回の台風19号で住宅の裏山が崩れたものの、その山の持ち主が不明で、土砂の撤去が難しいケースがあるということです。日常を取り戻すには、まだ時間がかかりそうです。

 

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