気象と防災 マメ知識!

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気象と防災 マメ知識!

気象予報士・防災士の神山 浩樹(IBCアナウンサー)がお届けする5分間。

◆放送日時
毎週土曜日17:50~17:55
番組開始:2009年4月〜

◆出演
神山浩樹(IBCアナウンサー)

お便り・お問い合わせ

515回「東日本大震災被災者手記集」2019年3月23日OA

2019年03月23日 6:00 PM

今月11日、被災者の支援に取り組む一般社団法人SAVE IWATEが出版した「東日本大震災被災者手記集 残したい記録 伝えたい記憶」についてです。現在、盛岡市には被災した500世帯を超える方が生活しています。A5版64ページの手記集には、ふるさとを離れて盛岡で暮らす内陸避難者など16人の思いが綴られています。この時間は3人の手記について取り上げます。

大槌町出身の60代の女性は、6歳の男の子、4歳の女の子、2人の孫を失いました。兄は3か月後、ガレキの下から発見。津波に押し流されながらも、片方だけ履いていた靴により本人を特定できました。お兄ちゃんの小学校入学準備を見ながら、『ピンクのランドセルが欲しい』と言っていた妹は未だ行方不明です。『下の孫の帰りを待ち続けながら、生かされた自分の命を生き切る』と、決して癒えることのない悲しみと向き合っています。同じく大槌町出身の70代の女性は、在宅訪問ヘルパーの仕事中、大きな揺れに逢いました。利用者を民生委員に託し、次の訪問先に車で向かう途中、渋滞に巻き込まれ、津波に襲われました。ガレキと水でいっぱいになった車内の割れた窓から奇跡的に脱出。九死に一生を得ました。『生きる淋しさから、いつ死んでもいいと思っていたはずなのに、土壇場になると、無意識に生きる方に舵を切り、体が心と裏腹に動いていた』と当時を振り返ります。宮古市出身の70代女性は、『どこで、誰と、どのように暮らすか』、問い続けました。盛岡に住む長男家族宅を仮住まいにしたものの、夫は『宮古へ帰る、ここにいると息が詰まる』と、先祖代々引き継いだ土地と墓を守ることを主張。一方彼女は『二人暮らしは一人暮らしの予備軍。孤独死はしたくない。盛岡で長男家族の傍で暮らしたい』と意見が対立したのです。最終的に子育てを応援する役割を再認識し、2016年、長男家族との二世帯住宅を盛岡に建てました。それから1年余り後、夫が病気で急逝。最期を看取りました。

SAVE IWATE事務局長の金野万里さんは、「今だからやっと語れること、8年経ったからこそ、私たちが忘れてはいけないことがたくさん書かれています」と手記集の意義を強調します。入手方法等詳しくはSAVE IWATE 019-654-3523 までお問い合わせ下さい。

 

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514回「東北地方で切迫する地震」2019年3月16日OA

2019年03月16日 6:00 PM

2月26日、政府の地震調査委員会は、青森県東方沖から房総沖までの日本海溝沿いで、今後30年以内に地震が発生する確率を公表しました。今回の報告は、東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震発生を受け、2011年11月にまとめた長期評価に、新しい知見を盛り込み改訂したものです。マグニチュード(M)9クラスの超巨大地震は、津波堆積物の痕跡から過去3000年の間に5回発生したとして、平均発生間隔を550年~600年としました。そして震災から8年しか経っていない為、確率はほぼ0%としました。しかし東北地方太平洋沖地震以外の場所での超巨大地震発生の可能性は否定できないとして、その確率は不明としました。

青森県東方沖及び岩手県沖北部で発生するM7.9程度の巨大地震は「5~30%」、約9年に1回発生している規模がひとまわり小さいM7.0~7.5程度の地震は「90%程度以上」としました。ひとまわり小さい地震でも死傷者が出ることがあり、1994(平成6)年、M7.6の三陸はるか沖地震では3人、1945(昭和20)年、M7.1の地震では2人が亡くなりました。

一方、宮城県沖ではM7.9程度が2011年版のほぼ0%から「20%程度」に上昇しました。1793(寛政5)年の地震では岩手県中部から福島県沿岸まで2m~5mの津波が押し寄せ、44人以上が亡くなりました。1897(明治30)年の地震では、釜石で1.2m、盛で約3mの津波を記録しています。今回、新たに算出した宮城県沖でのM7.0~7.5程度の地震は「90%程度」としました。1923(大正12)年以降、6~7回、約13~15年に1回発生しています。これとは別に宮城県沖の陸寄りで、約38年毎周期で発生しているM7.4前後の、いわゆる宮城県沖地震は「50%程度」としました。震源域が陸寄りに特定されている為、1978(昭和53)年の宮城県沖地震のように28人が犠牲になる等、大きな被害を引き起こす恐れがあります。約44年に1回発生している福島県沖のM7.0~7.5程度の地震は前回の10%程度が「50%程度」に上昇しました。大震災があったので暫く大きな地震や津波は来ないとは考えず、備えが必要です。

 

513回「震災8年、仮設住宅は今」2019年3月9日OA

2019年03月09日 6:00 PM

震災から8年。県内で未だに仮設住宅、みなし仮設住宅に住んでいる方は、2月28日現在、1203世帯、2620人です。私は2012年秋から、デジカメを持って仮設住宅を訪れ、住民に今の気持ちや今後についてお聞きしています。震災を風化させたくないという思いで取材し、テレビのニュースエコー内で放送しているものです。3世帯の例をお伝えします。

陸前高田の80代の女性は、50代の長男、10代後半の孫2人と4人で暮らしています。津波では姪2人を失いました。仮設住宅の住民が減り、自分は残って暮らしている中「行く所が無いからいるだけ、早く行きたい。ここは狭くてダメ」と焦りを感じています。自宅再建予定の気仙町は土地の造成中で、転居は約1年半後です。引っ越しできたとしても、近所に、同世代で話しの合う人がいるかどうか、心配しています。「一番、年上も辛い」と、老いと向き合い、不安を抱えながら過ごす日々です。

山田町のスーパーの店長を務める30代の男性は仮設で1人暮らしです。復興事業が終盤を迎える中、町から工事関係者が減ってきています。復興が進むことは嬉しいものの、買い物客の数が減っていて複雑な思いです。父親は職場で被災し帰らぬ人になりました。「軽自動車ばかり乗っていた父に大きな車を買ってやりたかった」と親孝行できなかったことを後悔しています。年内に自宅を再建し、盛岡のみなし仮設であるアパートに暮らす60代の母親を呼び寄せる予定です。狭い仮設に置いている仏壇は小さく、あくまで仮です。家を建てれば大きな仏壇に納められます。「今まで待たせてゴメン」と亡き父に手を合わせます。

盛岡のみなし仮設に住む70代の女性は、80歳の夫と2人で暮らしています。彼女は陸前高田の自宅を津波で流されました。月が丘の災害公営住宅に申し込んだものの抽選で外れ、南青山町に整備される災害公営住宅への入居を希望しています。しかし建設予定地は未だ杉林。交通渋滞緩和など課題があり、木々の伐採は今年9月頃、着工が12月頃、完成は来年12月頃の予定です。「早く落ち着く所に落ち着きたい」と待ち疲れた様子です。盛岡で暮らして8年、同世代の仲間もできました。災害公営住宅に仲間を招き入れるのは、2年先になります。

 

512回「久慈のケルン」2019年3月2日OA

2019年03月02日 6:00 PM

「久慈市の記録」によりますと、2011年3月11日の東日本大震災では久慈市で震度5弱を観測。市内全域で停電と断水が相次ぎ、大津波警報が発表された約40分後、大津波が沿岸部を襲いました。漁港や工場、家屋などを呑み込み、4人が亡くなり2人が行方不明です。

震災の経験を後世に伝え復興のしるべに、と建立された石積みのモニュメントが長内町の久慈港を望む公園にあります。登山の道しるべとなる「ケルン」がモチーフの円錐形で、高さは10m、直径12m。海抜では14.5mとなり、久慈市を襲った最大の津波の高さと同じになります。コンクリートの基礎部分には、津波で壊れた防潮堤やケーソンなどのガレキが使われ、表面には大人が腰掛けられそうな大きさの石が壁のように積まれ空に伸びています。特徴的なのはケルン上部を斜めに貫く穴です。直径30センチのパイプが入っていて、地震が発生した日時の3月11日午後2時46分に太陽光が海側に差し込むようになっているのです。そして光の先、ケルンの海側には、高さ4m程のステンレスのアーチがあります。アーチには2本の紐を引いて鳴らす直径30センチのスウィングベルが取り付けられています。

ケルンを造ったのは「NPО法人岩手・久慈ケルンの会」です。6000人を超える人達と、250を超える市の内外の企業や団体の寄付により2014(平成26)年12月に形になったものです。私も足を運びましたが、ケルンは一目見たら忘れることのない巨大な石積みで、鐘の音と共に心に刻まれました。ケルンの銘板には、久慈に被害をもたらした明治と昭和の津波についても記されています。明治三陸津波は23mにも達し1031人が犠牲になり、昭和三陸津波は6.5m押し寄せ、死者行方不明者は22人です。そして今回の東日本大震災と、悲劇が繰り返されています。副会長の坂本治雄(さかもとはるお)さんは「『ここより下に家を建てるな』と石碑がある宮古市重茂の集落が、震災でも津波の被害を免れたことを報道で知り、石碑の建立を思いついた。後世の為に教訓を残したい」と、津波で命を失うことのない久慈の未来を願っていました。

511回「スクラムかみへい住宅」2019年2月23日OA

2019年02月23日 6:00 PM

「『スクラムかみへい住宅』7年の記録」を拝読しました。東日本大震災で被災した人達の住宅再建の為、釜石市、大槌町、遠野市の工務店、設計事務所約30社に加え、森林組合や建築業協会等の木造住宅に関わる事業者や団体が2011年11月「上閉伊地域復興住宅協議会」を結成しました。「スクラムかみへい住宅」と名付けられたプランは、2013年4月の第1号の上棟式以降、去年9月末までに45棟が完成し、11棟が設計・施工中の実績を挙げています。冊子は、沿岸地域の復興の為に2市1町が連携し、地域型住宅を造り続けてきた記録集です。

モットーは「地元の木材を活かし、地元の職人の手で、地元の皆さんに役立つ」。住宅は基本形を6タイプ揃え、壁間仕切りを自由に配置できる自由設計とし手頃な価格を目指しました。例えば子どものいる家庭を想定した間取りは総二階で、狭い土地を有効に使えるプランです。主要木材は釜石大槌地域産のスギ材を活用、1・2階合わせて約30坪で、システムキッチンなど設備を備えて税別1000万円と設定しました。通常、家を建てる際は、工務店などがプランを作成・提案し、施主と3、4回打ち合わせを重ねますが、モデルプランがあることで、工期を短縮しコストを抑えられるメリットがあります。入居者からは「『早く家族と広い所に住みたい』という願いが実現できて良かった」という声が多いそうです。活動を支援してきた慶應義塾大学先導研究センターの米田(よねだ)雅子特任教授は「『地域の森林資源を利用して、地域で木材加工、設計、施工を行い、住宅を再建する』ことは、住宅の再建と雇用創出の両方を担う重要な取り組みです。復興後も住宅のメンテナンスという仕事を継続することが期待されます」と、まさに地域経済牽引のスクラムと強調します。

上閉伊地域復興住宅協議会の特徴の一つは、事務局を釜石地方森林組合に置いたことでした。日本の林業では、木材産業と住宅産業との連携が課題で、木材や住宅の市場動向をあまり把握せずに、山から木を切り出す林業者が多いことが問題ということです。今回の取り組みは、森林、木材、住宅の新しい繋がりと作ったといえます。全国で自然災害が多発し、多くの仮設住宅が造られ、続いて復興住宅が自立再建されます。上閉伊地域復興住宅協議会の取り組みは、地域型復興住宅のモデルの先例となりそうです。

 

510回「被災地支援チェックリスト2」2019年2月16日OA

2019年02月16日 6:00 PM

前回に続いて、災害が起こる前から知識の備えにしてほしい「被災地支援チェックリスト」についてです。静岡県弁護士会が作成したもので、静岡市の弁護士、永野海(ながのかい)さんのHPに掲載されています。永野弁護士にこのリストについてお聞きしました。支援制度をテーマにした講演会で、特に反応が大きいのが3番目に掲載されている「リバースモーゲージ融資」とのことです。去年夏の西日本豪雨の後、永野弁護士が法律支援として被災地に入ったところ目にしたのは、山間部で川が氾濫し1階が土砂に埋まった家々でした。住んでいるのは高齢世帯だけで、子どもたちは独立し都市部で生活しています。子どもの為に家を残す必要は無いが『自分が生きている間は修繕して住めるようにしたい』という需要が多かったといいます。そこで活用されるのが「リバースモーゲージ融資」です。高齢でも不動産を担保にして修繕資金が借りられます。毎月の支払いは利息のみで、元金は亡くなった後に担保物件の売却により完済するというもので、低所得の高齢者でも自力で資金を調達できる制度なのです。

又、被災された方に伝えたい2つの注意点を挙げています。1つ目は「り災証明と片付けの問題」です。土砂に埋まった家屋の片付けを控えているケースがありました。片付けると『り災証明で低く判定されてしまうのでは?』という不安からでした。結果的に家屋が更に傷み、復旧が遅れてしまいます。永野弁護士は「片付け前に、家の内外の状況をたくさん写真や動画で残しておけば、その後、片付けをしても、写真や動画を元に正しい被害判定をしてもらうことは可能だということを知ってもらいたいです」と訴えます。2つ目は災害救助法に基づく「住宅の応急修理制度」です。60万円弱の支援ですが、応急仮設住宅を利用しないことが条件です。制度を利用する前に、今後の生活再建、住宅再建を見極める必要がある、とのことでした。

陸前高田、岩泉など、岩手に多くの繋がりがある永野弁護士は、「A4サイズのリストの文字が小さい場合は、A3サイズで印刷し、自然災害のお守りと思って財布などに入れ携行して下さい。万が一の際、少しでも皆さんの不安解消、生活再建に繋がればと思います」と、岩手のリスナーに活用を呼びかけています。

509回「被災地支援チェックリスト1」2019年2月9日OA

2019年02月09日 6:00 PM

今日は、災害が起こる前から知識の備えにしてほしい「被災地支援チェックリスト」についてです。静岡県弁護士会が作成したもので、静岡市の弁護士、永野海(ながのかい)さんのHPに掲載されています。A4で印刷後、点線に沿って切ったり折ったりすると、ポケットサイズになります。

リストは、まず「災害時特有の問題を知りたい」「お金の支援制度」など、フローに沿ってチェックします。「災害時特有の制度・問題」については「り災証明書とは」「応急危険度判定とは」「権利証や健康保険証などの紛失」「境界標や石垣の基礎部分について」「運転免許証の有効期間延長」「廃車手続」に分かれています。この内、「り災証明書」では、「市町村が発行窓口となる地震・水害等による家屋被害の程度(全壊・大規模半壊・半壊・一部損壊)を証明するもの。各種支援金、税の減免、融資申請等に必要です。被害証明のために可能なら屋内外の写真をたくさん残しましょう」とあります。もしカメラが手元に無かったとしても、身近な人にお願いして記録しておくことが大切なようです。又、「応急危険度判定」では、「余震等の二次被害防止のため、緊急に建物の危険性等をチェックするもの。危険(赤)、要注意(黄)、調査済(緑)のステッカーが貼られます。り災証明書のための被害認定とは異なる制度です。危険(赤)=全壊認定ではありません」ということです。応急危険度判定は、建築物が安全に使用できるか否かについて応急的に判定するものであり、建築物の資産価値的な面を調査する「り災証明」のための被害調査では無いことに注意が必要です。又、「権利証や健康保険証などの紛失」について「不動産の権利証、預金通帳、実印などを紛失しても権利を失うことはありません。預貯金については金融機関にご相談を。また、健康保険証が手元になくても、氏名、生年月日等を医療機関に伝えれば保険診療を受けることができます」とあり、覚えておいた方が良さそうです。

この「被災地支援チェックリスト」は、去年夏の西日本豪雨の被災地で、地元ラジオ局がリストに掲載された支援内容を読み上げて被災者に伝え役立てられた、とのことです。この情報は「被災地支援チェックリスト」で検索すると御覧になれます。

508回「地盤サポートマップ」2019年2月2日OA

2019年02月02日 6:00 PM

地震、液状化など、我が家にどんな自然災害のリスクがあるか、調べられるサイトがあります。地盤調査などの事業を行っているジャパンホームシールド(株)が、自社のデータや産業技術総合研究所など公的機関が提供しているデータを元に運営している「地盤サポートマップ」です。まずサイトの住所検索バーに、調べたい地盤の住所を入力し、検索開始ボタンを押します。すると地図上に検索した場所を示す風船のような紺色のマークが出てくるので、「詳しい情報」と書かれた文字部分をクリックします。更に「レポートを作成する」をクリックすると、基本情報と共にピンポイントの防災情報が見られるものです。

試しに「IBC岩手放送」について調べてみました。社屋がある「岩手県盛岡市志家町6-1」付近の基本情報を見てみると、地形は「扇状地」と出てきました。川が山地から低地へ流れ出る所に扇形に堆積してできた土地であることがわかります。地質は「川沿いの低地に分布している約7万年前から1万8000年前に形成された段丘層」、標高は「128.1m」でした。下の方に4項目の防災情報が記されています。地震時の揺れやすさは5段階評価で下から2番目の「2」やや揺れにくい地盤であるということです。又、液状化については4段階評価で下から2番目の「2」で可能性は低く、又、浸水の可能性も低く、土砂災害の可能性は「なし」でした。

地震の揺れは、震源地に近いほど大きくなるだけではなく、地盤が軟らかいほど大きくなります。盛岡市志家町6-1の場合、やや揺れにくい地盤という評価でしたが、これは地震の揺れが増幅しやすい場所か否かの判断であり、大きな地震が来ないということではありません。地図の左に表示される防災情報の内、震度6弱以上の揺れは1000年に1度の確率で、また震度5弱以上は100年に1度以上の確率で発生する恐れがあることがわかります。更に岩手県全体に地図を拡大すると、震度6弱以上が100年に1度以上の確率で発生する恐れのある紫色のエリアは、金ケ崎町から一関市の北上川沿いの南北、幅5キロ程に集中していて、特に地震対策が必要なことが見て取れます。無料で何度でも使えるサイトは「地盤サポートマップ」で検索し御利用下さい。

 

507回「雪崩の6つの前兆」2019年1月26日OA

2019年01月26日 6:00 PM

岩手は県全体が「豪雪地帯」に指定されていることをご存知でしょうか。「豪雪地帯」とは、豪雪地帯対策特別措置法により指定されている、冬に大量の積雪がある地域で、北海道から山陰までの24道府県、国土の約51%を占めています。中でも特に積雪が多く住民の生活に著しい支障を生じる地域は「特別豪雪地帯」に指定されていて、岩手では西和賀町全域と、八幡平市の旧松尾村が対象です。

豪雪地帯を中心に広範囲に亘って甚大な被害を及ぼすのが「雪崩」で、毎年、1月~3月を中心に発生しています。岩手県によりますと、雪崩の危険箇所は県内に908箇所あります。この内、危険区域内に人の住む家が5戸以上、又は重要な公共建物等があるのは177箇所です。

雪崩から身を守る為には、予め発生しやすいケースを知っておくことが重要です。「政府広報オンライン」によりますと、雪崩には大きく6つの前兆現象があります。1つ目は雪に庇(ひさし)と書く「雪庇(せっぴ)」です。山の尾根からの雪の張り出しのことで、張り出した部分が雪の塊となって斜面に落ちる恐れがあります。2つ目は、道路脇の斜面などに設置された雪崩予防柵から張り出した「巻きだれ」です。こちらも張り出した部分が雪の塊となって斜面に落ちる恐れがあります。3つ目は「斜面が平らになっている」状態です。例えば1mの積雪の所に30センチ以上の雪が降り、元の地形が分からないほど斜面が平らになると、表層雪崩が起こる危険があります。家の裏山等は特に注意が必要です。4つ目は斜面をころころ落ちてくるボールのような雪の塊「スノーボール」です。雪庇や巻きだれの一部が落ちてきたもので、多く見られる時は特に注意が必要です。5つ目は斜面にひっかき傷がついたような雪の裂け目「クラック」です。積もっていた雪がゆるみ少しずつ動き出そうとしている状態で、その動きが大きくなると全層雪崩の危険があります。6つ目は、ふやけた指先のようなシワ状の雪の模様「雪しわ」です。この場合、積雪が少なくても全層雪崩の危険があります。気象情報で「なだれ注意報」が出されている時、急な斜面のこれらの前兆現象に特に気をつけて下さい。

 

 

506回「島原大変肥後迷惑」2019年1月19日OA

2019年01月19日 6:00 PM

去年12月22日、インドネシア・ジャワ島とスマトラ島の間にあるスンダ海峡で起きた津波で死者・行方不明者430人以上という大惨事となりました。この津波に関して、国土地理院は衛星による画像分析で「噴火した火山島アナク・クラカタウの2キロ四方の南西部が崩壊したと考えられる」と発表しました。このことから津波の原因は、山の一部が海に崩れ落ち発生した可能性があります。

このような津波は過去に日本でも起きています。今から227年前に発生した普賢岳噴火と眉山(まゆやま)山体崩壊です。日本の歴史上最大の火山災害で「島原大変肥後迷惑」と呼ばれています。国土交通省・九州地方整備局・雲仙復興事務所の資料によりますと、1792年5月21日、長崎県島原城下町背後にそびえる眉山の東側が大きく崩れました。普賢岳の噴火活動中に起きた地震により引き起こされたもので、山体崩壊により大量の土砂が有明海に流れ込み、大きな津波をもたらしました。津波は有明海沿岸の村々を襲い、約1万5000人の方が亡くなりました。「島原大変」の「大変」は大事件という意味で、東の対岸・熊本で起きた津波被害を「肥後迷惑」と呼んでいるのです。

津波は夜8時から8時半頃に発生し、熊本県側の海岸に第1波が達したのはその20分後の8時半から9時頃とみられています。この日の夜は新月で真っ暗だった為、住民はどんな現象が起きたか判断できませんでした。しかも有明海の満潮と重なり、通常の平均海面より193センチも高かったとことから、被害が拡大しました。津波の遡上高は場所によっては20~50mに達したと伝えられ、島原半島側では約1万人、熊本県側では約5000人が、津波に流されたり、土砂に埋まったりして命を落としました。集落毎の死者行方不明者数は、島原城下が5251人と最も多かったといわれています。山体崩壊が起こる前の月の4月21日から25日にかけて強い揺れが頻発し、多くの住民が避難したものの、地震活動が小康状態になり、避難場所から戻っていたことが大きいと考えられています。火山活動は山体崩壊、火砕流、溶岩流、土石流や津波など、様々な現象を引き起こします。火山と共生する為には、過去の歴史を知ることが重要なのです。

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