気象と防災 マメ知識!

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気象と防災 マメ知識!

気象予報士・防災士の神山 浩樹(IBCアナウンサー)がお届けする5分間。

◆放送日時
毎週土曜日17:50~17:55
番組開始:2009年4月〜

◆出演
神山浩樹(IBCアナウンサー)

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539回「転落防止ゲート付き収納ラック」2019年9月14日OA

2019年09月14日 6:00 PM

今日は、工場や倉庫内の積荷の落下による作業員のケガや荷物の破損を防ぐ、転落防止ゲート付きの収納ラックについてです。「S・G・B(セイフティ・ゲート・ボックス)」と名付けられたこの装置は、愛知県に本社があるウエイト東海が開発しました。標準サイズは高さ2.2m、奥行き1.45m、横幅1.6mで、見かけは金属フレームの直方体です。動作は次の通りです。フォークリフトで、積荷を荷台ごと、棚の中に収納します。底板に重量がかかると、ラックの天井から、跳ね上げ式の門扉のようにゲートが降りてくるものです。電源が不要で、てこの原理により自動で閉まります。積荷を取り出す際は、ゲートの隙間からフォークリフトを差し込みます。積荷を10センチほど持ち上げると、前面のゲートが上昇し、積荷を取り出すことができる仕組みです。人と荷物を守るこのアイデアは、平成30年度文部科学大臣賞創意工夫功労者賞を受賞しました。

この装置は荷物の重さを利用して安全対策のゲートが上下するので、地震などで停電した際にも使用できます。又、荷物をフォークリフトでラックの底板に載せるだけで自動的にゲートが降りてくるので作業効率に優れ、又、ゲートの締め忘れもありません。地震の際、崩れてきた物に当たって怪我をしたり、崩れて散らばった製品が避難経路を塞いだりするような事態を防ぎます。震災の被害を最小限にとどめ、地震後の復旧を素早く行うことに繋がりそうです。

片山和洋社長は、2016年4月14日の熊本地震の際、ある機械製造工場内で、地震の揺れにより工場内に積み重ねてあったケースが崩れ、部品やケースが散乱したり、高い棚の上に乗せていた荷台が崩れ落ちてきたりした様子を見て、日頃からの安全対策、減災対策の必要性を感じ開発したとのことです。ウエイト東海では今後、想定される大地震に備えて「工場や物流倉庫などで働く人の防災意識を高めていただき、皆様と一緒にこれからの社会をより安全に“人と荷物を守る”企業として活動をしていきたい」としています。

 

 

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538回「おしゃっち」2019年9月7日OA

2019年09月07日 6:00 PM

去年6月にオープンした大槌町文化交流センター「おしゃっち」についてです。木造3階建てで、1階に多目的ホール、2階に会議室、3階には図書館が備えられています。2階にある震災伝承展示室に足を運びました。24畳程のコンパクトなスペースは、手前が写真やパネルで町の被災状況や教訓を伝えるコーナー、奥は津波の記録映像などを上映するコーナーに分かれています。資料によりますと大槌町では、吉里吉里漁港に最大22.2mの津波が押し寄せ、当時の人口の約1割に当たる1286人が犠牲になりました。住宅地、市街地の52%が浸水し、全家屋の7割に当たる4357棟が被災しました。

展示室の映像は約4分間で、ナレーションは無く、淡々と流れます。始めは2008年9月28日、震災前の大槌町を車窓から眺めた連続写真です。白い外壁の大槌駅や、片側一車線の通り沿いに銀行、薬局、靴屋、そして道行く人と、被災前の暮らしの記録です。そして2011年3月11日。町の中心部、町方地区を襲った津波の映像に切り替わります。標高141mの城山から撮影されたもので、黒い波が家々を襲い、バキバキと音を立てて壊れていく様子に、胸がつぶれそうな思いです。そして2011年6月7日。約3か月後の町は、建物の土台だけが残り、全体が灰色に見え、土埃が舞っています。約7年後の2018年4月9日、かさ上げされた土地の上に、住宅や商店が建ち並びますが、空き地が目立ち、今もそれほど変わりません。教訓を伝えるコーナーで初めて知ったのは「こすばる」という方言です。安渡地区の70代男性のメッセージで「大槌の方言で『こすばる』という言葉がある。高齢者が家を守る為に逃げないという行動を取ること。この行動で亡くなる方もいる」と言います。今回の震災では、こすばる高齢者と共に、自宅で命を落とした家族もいたのです。

展示の責任者である大槌町教育委員会事務局の臼澤洋喜さんは、あの日、城山へ町民を避難誘導中、膝まで水に浸かり、石碑のある丘にしがみつきながら登って、九死に一生を得ました。臼澤さんは「震災で二度と命を落とす人がいないよう、そして支援してくださった国の内外の皆さんへ感謝の気持ちを伝えたい」と、展示に込めた思いを静かに語っていました。

537回「くしの歯作戦(東北地方整備局)」2019年8月31日OA

2019年08月31日 6:00 PM

今日は、仙台合同庁舎B棟1階、行政情報プラザ内に設置された国交省東北地方整備局展示ブースについてです。東日本大震災の教訓を後世に伝える為、東北全域の国道、港湾、河川を管轄している東北地方整備局の果たした役割などについて、パネルなどで解説しています。

ブース入り口のガラスケース内にあるのは、震災当時の整備局長直筆のメモです。A4・3枚の内、1枚目は地震から30分後の午後3時15分、全職員にマイクで指示した際の本人手持ちのメモです。情報収集の為、福島2名、岩手2名、宮城2名、青森2名を送ったことが記されています。リエゾンと呼ばれる災害対策現地情報連絡員は、後に自治体のニーズを把握し様々な支援機関との調整を実施。4県と31の市町村、自衛隊に派遣され、3月23日のピーク時には96人に、発災直後から6月31日まで延べ3916人にも達しました。2枚目には3月11日夜7時の日付で、国土交通大臣への進言として「明日からが勝負で、優先すべきは自治体への応援と救援ルートの確保である」と記載されています。これは「くしの歯作戦」と呼ばれるもので、内陸部を南北に貫く東北自動車道と国道4号から、くしの歯のように沿岸部に伸びる国道を救命・救援ルートとして切り開くものです。ガラスケース脇には、震災当時、陸前高田市での「くしの歯作戦」の様子を撮影した大きな1枚の写真がありました。左右に高さ3m以上の黒ずんだガレキの山、中央奥には泥だらけの道を切り開いたと思しき緑色のバックホー、その前には白いヘルメット姿の作業員など3人が小さく写っています。県の職員、陸上自衛隊、地元の建設会社、東北地方整備局の職員が一丸となり、12日には11ルート、15日には15ルートが開かれ、救急車や警察、自衛隊など緊急車両の他、支援物資なども届けられることになったのです。

産学官民と連携し、このブースも含め192箇所の震災伝承施設をネットワークで結び、震災の記憶と教訓を伝える「3.11伝承ロード」の取組みを進めている東北地方整備局は「過去の教訓が伝わっていれば防げる被害もあったと言われており、頻発する大規模な自然災害から尊い命を守るための教訓を、国内外へ発信していきたいと考えています。これは、震災で頂いた多くのご支援への恩返しであり、我々の使命でもあります」と、発信する意義を強調しています。

536回「絆(みやぎ生協)」2019年8月24日OA

2019年08月24日 6:00 PM

今日は仙台市泉区八乙女にある「みやぎ生協 東日本大震災学習・資料室」についてです。館内入り口は吹き抜けになっていて、コンクリートの円柱には津波の実際の高さが記されています。2階の天井まで届く七ヶ浜町6.6mのラインに圧倒されます。約40坪の部屋の中央には円形のシアタールーム20席を設え、震災当時の取り組みを映像で紹介しています。またシアタールームの外壁とフロアの壁一面には、記録写真約100枚が時系列で展示されています。

宮城県内では震災で約1万2000人の方が亡くなりました。みやぎ生協も多くの組合員が被災し、職員16人と職員の家族140人が犠牲になりました。48店舗中、14店舗が大きな被害を受け、内2店舗は閉店を余儀なくされました。名取川河口近くにあった名取市の店内の写真は、赤い軽自動車や木材、ガスボンベなど瓦礫が流れ込み、津波の凄まじさを物語っています。仙台市若林区の店舗の写真は崩れ落ちたペットボトルや缶飲料などで足の踏み場もなく、宮城野区の店舗は天井パネルが落下し断熱材や配線が棚の上に雪崩落ちています。店舗ではできるだけ多くの住民に必要なものが行き渡るよう数量制限などをしながら販売を続け、中には店内の被害が大きく、搬入口に商品を並べた店もありました。宮城県をはじめ県内各市町村から応急生活物資の要請が相次いだことから、みやぎ生協では震災当日に亘理町にパンと水を搬送したのをはじめ、4月17日までの38日間、1日も途切れることなく約400万点の物資を各自治体に届けました。又、全国の生協の仲間は2011年3月15日頃からトラックに燃料や支援物資などを満載して支援に駆けつけてくれました。店舗対応やお見舞い活動への同乗、共済給付の為の支援など5月19日までの間、62生協から延べ2992人の支援がありました。シアタールームの中は全国の生協職員からの千羽鶴や応援メッセージで埋め尽くされ、深い絆を感じました。

みやぎ生協広報課の稲葉勝美さんは宮城県の復興状況について、「あれから8年が経ち、かさ上げ工事は進んでいますが、その後のことは、これからの所もあります。長い時間をかけて、皆で頑張っていきたいです」と語っていました。みやぎ生協は、これからも被災地と共に歩んでいきます。

 

536回「防災体験学習施設(そなエリア東京)」2019年8月17日OA

2019年08月17日 6:00 PM

先日、東京都江東区有明にある防災体験学習施設「そなエリア東京」に行ってきました。「そなエリア」とは「備える」と「エリア」の造語です。1階で行われる防災体験学習ツアーでは、マグニチュード7.3の首都直下地震の発生から避難までを体験し、タブレット端末を使ったクイズに答えながら、生き抜く知恵を学びます。

駅ビルの10階から1階までエレベーターで下降中、震度7の地震が発生したという想定でスタートです。床が振動し、エレベーターが緊急停止。エレベーターから降りた後は、停電した薄暗い従業員通路を避難誘導灯と非常放送に従って出口を目指します。この時間帯の参加者は私1人でした。シミュレーションではありますが不安を覚え、また、夜間の移動時「ライト」と、何が起きたのか正確な情報を得る為「ラジオ」を持ち歩く必要性を感じました。

外に出て目の前に現れるのは、余震が繰り返される駅前の商店街や住宅地のジオラマです。ビル1階の店舗では火災が発生していて、2階外壁にあるエアコンの室外機や植木鉢が傾き、落下の危険があります。サイレンが鳴る、薄暗い映画のセットのような街の中を、タブレット端末のクイズに答えながら移動します。例えば「一時滞在施設の設置期間は?」という質問で「1日、2日、3日、4日」の中から選びます。一時滞在施設とは「帰宅が可能になるまで待機する場所がない帰宅困難者等を一時的に受け入れる施設」のことで、集会場や庁舎のエントランスなどの対象施設では、食料や水などが支援されます。答えは「3日」です。大地震が発生した後、およそ72時間は、救命救助活動を通じて1人でも多くの命を救うことが最優先となります。その為、帰宅困難者の一斉帰宅を抑え、大渋滞により救急車等が到着できないといった状況を防止することが重要になります。学校や企業などで大地震に遭った時は、その施設で安全に留まることが基本となりますが、東京都では「移動中など屋外で被災した帰宅困難者については、一時滞在施設で待機していただくこととなります」としています。東京都を訪れる機会のある方は、災害をイメージし、対応する力を身につける為、「そなエリア東京」の体験学習に参加されることをお勧めします。

535回「災害ポイントウォッチャー(気象科学館)」2019年8月10日OA

2019年08月10日 6:00 PM

先日、東京都千代田区大手町、気象庁の1階にある「気象科学館」に行ってきました。こちらでは気象業務の紹介や、映像や機器の展示により災害から身を守る方法を知ることができます。今回、目を引いたのが「災害ポイントウォッチャー」というディスプレーです。縦1m、横3m程の横長の大きな液晶パネルにイラストのマップが表示されていて、災害時に取るべき行動について、自ら考え学ぶというものです。

画面には山間を流れる海に注ぐ川を挟んで戸建て住宅やマンション、商業ビルが並ぶイラストが描かれています。はじめに「地震・津波」「夕立」「台風」の3つのボタンから選びスタートです。「地震・津波」を選ぶと、地震が発生したという想定で画面が左右に大きく揺れます。画面に点在する老若男女20人ほどの中から、危険な状況の人にタッチして赤くマーキングします。制限時間60秒後、それぞれの人物の行動について解説が表示されます。例えば傾いた自動販売機の脇に慌てた女性の姿があり「倒れると危ないので、自動販売機や塀から離れましょう」と解説されています。同様に、道路に飛び出したジャージ姿の男性のすぐそばまで青い車が迫っていて「丈夫な机やテーブルの下に隠れ、慌てて外に出るのはやめましょう」。また、防潮堤の脇で海を見ている男性には「津波は勢いよく高い所まで来ることがあるので、しっかりした高台へ避難しましょう」と速やかに逃げることを確認します。続いて「夕立」を選びます。急傾斜地のそばに住む女性に対しては「大雨の時は裏山に注意し、異変があればすぐに避難しましょう」。川の近くに住む男女に対しては「川の様子がいつもと違ってきたら、早めに避難しましょう」。アンダーパスを潜ろうとする乗用車については「アンダーパスは水没する恐れがあるので迂回しましょう」。最後に「台風」を選ぶと、マップ内に合羽を着て水田の見回りをする男性が現れ「用水路などへの転落事故が多いです。風雨が強い時は家にいましょう」と、取るべき行動について確かめます。

今回、ご紹介したように災害時は「身近にどんな危険があるのか」「どう行動するのか」常に、自分で判断することが求められるのです。気象科学館の休館日は年末年始、開館時間は午前10時から午後4時、入場無料で予約無しで自由に入れます。

 

534回「2週間気温予報」2019年8月3日OA

2019年08月03日 6:00 PM

今日はこの夏から気象庁が提供している「2週間気温予報」と「早期天候情報」についてです。「2週間気温予報」では、これまでの週間天気予報の先、8日先から12日先の最高気温、最低気温を地点ごとに予報しています。その気温が例年のその時期と比べて高いのか低いのかも、お知らせてしています。岩手県の場合、「盛岡」と「宮古」の2地点について予報しています。1段目は最高気温と最低気温が数字で記載されています。当日と書かれた灰色の部分より左側が過去1週間の気温の経過です。右側が向こう1週間の気温の予報、そして2週目は5日間平均で予報しています。例えば2週目の8月13日に示されている予報は、13日とその前後2日間、11日から15日の平均になります。また、観測・予報された気温が、平年と比べて高いのか低いのかを5段階に区分して色で示しています。平年並の範囲の中に入っていれば白で、平年並の範囲より高ければオレンジ、低ければ水色で表示されます。その地点・時期としては10年に1度程度しか起きないような著しい高温や低温は、かなり高いが赤、かなり低いが青で示されますので注意して下さい。また2段目のグラフでは気温の推移を、緑の直線の平年値と比べることができます。

2週間気温予報を見れば、その頃にどれくらいの気温になるかが分かるので、例えば、衣替えや冷暖房の準備等の見通しが立てられます。農業分野では、事前対策により、高温や低温による農作物への被害を軽減することができます。製造、販売、飲食分野では、気温によって需要の変動がある商品やお客さんの動向を予測でき、発注や在庫調整に役立てられます。

続いて「早期天候情報」についてです。これまでの異常天候早期警戒情報に替わるもので、2週間先までに著しい高温や低温が予想される場合、地域ごとに発表して注意を呼びかけます。「2週間気温予報」は毎日午後2時30分に、「早期天候情報」は原則として毎週月曜日と木曜日に、それぞれ発表され、どちらも気象庁のホームページで見られますので、ご活用下さい。

533回「ラジオで救われた命(福島県相馬市)」2019年7月27日OA

2019年07月27日 6:00 PM

今日は先月上旬に訪れた、福島県浜通りの北部に位置する相馬市についてです。福島県などの資料によりますと、東日本大震災では震度6弱を記録。揺れの約1時間後、午後3時50分頃、9.3m以上の大津波が、海岸から4キロ内陸まで押し寄せました。関連死を含め486人の方が亡くなり、住宅被害は全壊1004棟を含む5234棟と甚大な被害となりました。

市内で被災した「いちご農家」にお聞きしました。「和田観光いちご園」の齋川一朗さん(71)です。海から500m程離れた和田地区は、相馬市の中でもいちご栽培が盛んな地域で、昭和30年頃から露地栽培が始まり、昭和50年代にはハウス栽培に移行しました。齋川さんは相馬市で生まれ育ち、印刷会社や相馬市観光協会に勤めた後、2010年夏、知り合いに誘われイチゴ栽培に取り組み始めました。震災前は13軒、130棟のビニールハウスがありました。しかし8年前の3月11日、海岸に壁のような津波が襲来し、ハウスの半分が呑み込まれました。防潮林も全て流され「暫く茫然自失でした」という齋川さん。3月末には関東などからボランティアが駆けつけ、ハウスに絡まった養殖海苔の網を取り除き、2011年夏にはガレキの撤去が終わりました。震災後、いちご園は、7軒78棟のハウスで再開しました。口当たりが柔らかく甘みの十分な「章姫(あきひめ)」や、糖度が高く香りの良い「さちのか」が人気です。

齋川さんは「ラジオを聞いていて助かったと思っている」とあの日を振り返ります。ハウスではポケットラジオを愛聴していて、大地震の後、軽トラックで避難する際もラジオからの大津波情報により逃げることができたからです。齋川さんは震災前「『相馬に被害があるような津波は来ない』という言い伝えがあった」と言います。確かに三陸に大きな被害をもたらした明治三陸地震津波、昭和三陸地震津波について内閣府や農水省の資料を調べましたが、福島県の人的被害の記録は見当たりませんでした。過去の経験が、このような相馬の伝承につながっていたようです。齋川さんは震災の語り部の活動もしていて、自分の体験から「津波の恐れがある場所では、地震があったら高台に避難する」という教訓を伝え続けます。

532回「観光で南相馬に元気を(福島県南相馬市)」2019年7月20日OA

2019年07月20日 6:00 PM

先月上旬に訪れた南相馬市についてです。福島県浜通りの北部にあり、いわき市と宮城県仙台市の中間に位置します。人口53831人の南相馬市は、1000年以上の歴史を経て今なお息づく戦国絵巻「相馬野馬追(そうまのまおい)」が有名です。甲冑に身を固めた500騎余りの騎馬武者が、腰に太刀、背中に戦場で目印となる旗を指し疾走する豪華絢爛、勇壮な伝統の祭りで、今年は7月27日(土)、28日(日)、29日(月)の3日間開催されます。

東日本大震災で、南相馬市では震度6弱を観測、関連死も含め1149人が犠牲になりました。高校1年生の時に震災に遭い、現在は南相馬観光協会に勤める藤原亮太さん(24)にお聞きしました。海から5-6キロ離れた自宅は原発事故の避難区域ではありませんでしたが、そのすぐ外側に位置していた為、放射能が気になり南相馬を離れます。福島市の避難所で過ごした後は、親戚の住む沖縄県の読谷村(よみたんそん)に身を寄せ、2年間、過ごしました。南相馬では地元の工業高校に在籍していた藤原さんは、将来、大学に進学し中学校の数学の教員になりたい、という思いがありました。しかし沖縄では普通高校で学ぶことになり、進路が見えなくなりました。沖縄に転校後、南相馬の同級生から「藤原君の席があるから」と連絡をもらったことがあり複雑な思いでした。沖縄の人たちによくしてもらい感謝する一方で「南相馬がどうなるのか」「自宅に帰れるのか」「バラバラになった友だちは、どこで何をしているのか」、故郷のことを気にかけながらの生活でした。2013年、沖縄の高校を卒業後、家族は南相馬に戻り、藤原さんは仙台の専門学校に通います。そしてIT関連の企業に就職しますが、震災を経て「何気なく生活していた南相馬が好きなことに気づき、大好きな地元を発信したい」という思いが強くなり、今年の4月から観光協会で復興支援員として働いています。

「野馬追が近くなると、祭りの練習の為、馬が公道を歩いているんですよ」と目を輝かせる藤原さん。「震災で元気がなくなった南相馬を、観光を通じて交流人口増加により盛り上げたい」と仕事にやりがいを感じる日々です。

531回「新潟・山形地震2」2019年7月13日OA

2019年07月13日 6:00 PM

前回に続き、先月18日に新潟県村上市で震度6強、山形県鶴岡市で震度6弱を観測したM(マグニチュード)6.7の地震についてです。消防庁によりますと、今回の地震で36人がケガをし、住宅被害はいずれも一部破損で、山形県鶴岡市で97棟、新潟県村上市で46棟などとなっています。住宅が全壊、倒壊するような被害は確認されていません。一方で、ブロック塀が倒れたり、屋根瓦が落下したりするような被害が相次ぎました。

建物に被害が生じるかどうかは「周期」という、地震の揺れが1往復する時間が関係しているようです。筑波大学構造エネルギー工学専攻の境有紀(さかいゆうき)教授によりますと「発生した地震動は0.5秒以下のごく短い周期の成分が大きかったが、全壊、倒壊といった建物の大きな被害に結びつく1-2秒の成分は小さかった」「0.5秒以下のごく短い周期の地震動が発生した場合、建物の一部損壊、部屋の中の家具が倒れる、屋根瓦がずれる、ブロック塀が倒れるといった被害が生じる」「震度は人がどれだけ強い揺れと感じるかを測っており、1秒以下の短い周期が対応する。その為、0.5秒以下が強かった今回の地震では、震度6強という大きい震度を記録した。このことから震度の大きさは必ずしも、全壊、倒壊といった建物の大きな被害と対応しないことを意味する」「これはよくあるケースで、震度6弱以上の地震動の8割~9割を占める」「以上のことから、今回の震度6強の地震で、全壊、倒壊といった建物の大きな被害がなかったからと言って、建物の耐震性能が高いというわけではなく、1~2割の確率で発生する1-2秒の地震が起これば、震度6弱でも全壊、倒壊する可能性がある建物も数多く存在すると考えられる」と警鐘を鳴らしています。

又、今回の地震でなぜ0.5秒以下のごく短い周期の成分が大きく、建物の大きな被害に結びつく1-2秒の成分は小さかったかについては「発生する地震動は、震源と地盤構造の組み合わせによって決まる」「震源についてはMが大きいほど長周期化しやすく、M7クラスが最も1-2秒を出しやすい」「今回の地震はM6クラスであった為、震源からごく短い周期が多く出たと考えられる」と説明しています。大きな建物被害が無かったからといって安心せず、次の大地震に備え、住宅の耐震性を確認する必要があります。

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