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岩手百科事典

小本街道おもとかいどう

2021年08月01日(日) Written by 関口喜太郎

盛岡-薮川-早坂峠を越え門-岩泉を経て小本に出る街道。1595年(文禄4)ごろから使われた形跡はあるが、交通が盛んになったのは南部氏28代重直が盛岡城に定住した1632年(寛永9)からと推定される。三陸沿岸の塩など海産物を牛の背で内陸部に輸送、米雑貨を帰り荷とした牛方の発生と牛方節発祥の時代でもあろう。牛方は1人6頭(1手綱)を御し毎日20手綱以上が往来したという。1961年(昭和36)には盛岡-早坂経由岩泉一小本線が開通し、 大型乗合バス・大小トラックや自家用車など交通量が増加し沿岸と内陸を結ぶ要路になっている。

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

小本海岸おもとかいがん

2021年07月31日(土) Written by 菊池強一

岩泉町の小本川河口に広がる砂浜海岸。南北約1km・東西約 0.5km。南北両岸は、茂師海岸・熊の鼻展望台・龍口岩・雄株羅岩・雌株羅岩・水尻崎など比高100mを超す海食がいが発達する。度重なる津波災害で、小本・中野・腰廻・卒郡地区の水田地帯が完全に破壊されたが、現在は海岸線に沿って防潮堤と港湾がつくられている。

小本大橋おもとおおはし

2021年07月30日(金) Written by 菊池強一

岩泉町小本の国道45号線小本川に架けられた橋。全長 220.5m・幅8.5m。単純合成桁製法による鉄筋コンクリート造りで、 1970年(昭和45)に完成した。旧国道45号線の回り道・曲折した道路整備の一環として建設された橋。

重茂半島おもえはんとう

2021年07月29日(木) Written by 伊藤麟市

宮古市東域にある本州最東端魹ヶ崎・閉伊崎を含む半島で、北は宮古湾、南は山田湾、東は太平洋に突き出ている。半島最高地は十二神山(731m)、別名日光山ともいい、義経北行コースの山であったとの伝説もある。宮古湾と太平洋の間にある月山 ( 455.9m)は鏡山・御殿山・向山とも呼ばれ、宮古湾を見下ろす山頂には岩手放送などの中継塔が立ち展望台がある。半島西海岸で宮古湾に面する一帯は、直線上に断層線が走り海に落ち込んでいるため集落の発達はあまりみられない。半島東斜面には旧重茂村の集落群があり、半島を越すには 200m の白浜峠を徒歩によっていたが、国道45号線津軽石河口付近から湾奥部を経て白浜越えの県道が開通し、バスが連絡し便利になってきている。

重茂おもえ

2021年07月28日(水) Written by 伊藤麟市

宮古市東部の旧村。重茂半島の漁業集落で藩政時代に遠見番所があった。中心集落は館。アワビ・ウニ・ワカメ・コンブなどが豊富で、ドル箱の根滝漁場がある。漁家の月給制実施の歴史をもつ重茂漁協はアワビ中間育成所・ワカメ加工場・冷蔵施設をもち、年間を通じた販売に力を注いでいる。本州最東端の魹ヶ崎灯台がある。

小野寺丹元おのだたんげん

2021年07月27日(火) Written by 司東真雄

1800〜1876 蘭方医。一関市山目の人。長崎にてシーボルトに師事し蘭医学を修め、ロシア語に通じ、嘉永年間(1848〜1854) 種痘を行う。1856年(安政3)『ペスト論』を訳述し、仙台医学館医員から幕府蘭学局総裁に任命される。

御箱崎おはこざき

2021年07月26日(月) Written by 及川勝見

太平洋に向かって開ける両石湾と大槌湾の間を東に突き出た箱崎半島のみさき。狭長で周囲は海食がいが発達しており、海岸は千畳敷岩となっていて男性的景観をなしている。付近は水産資源が豊富で近くに白浜・箱崎・仮宿・桑ノ浜の漁業集落がある。みさきへは船の便だけである。