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IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2018年06月22日(金)

合明会雑誌

ごうめいかいざっし

願教寺住職島地黙雷が主宰した「合明会」発行の布教雑誌。1886年(明治19)4月創刊。終刊年不詳。編集者太田実。その趣旨は、「高尚に偏せず、卑近に党せず、両ら相蒐めて登録し、普く有縁の徒を隨喜開道する」とあり、講義・説教・伝記・善行・仏子問答・詩歌などがその内容になっている。明治期において県民教化の役割を果たした。

Written by 笹嶋弘夫

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2018年06月21日(木)

弘法水

こうぼうすい

行基菩薩(ぼさつ)・弘法大師・親鸞上人などの高僧が、諸国を遍歴して各地に杖竹(つえたけ)・箸杉(はしすぎ)・湧水(ゆうすい)などの奇跡を残したと伝えられる。なかでも弘法大師の伝説は全国各地に聞かれ、こじき僧の姿で訪れ、弘法水といわれるゆう泉の奇跡を行ったと語られている。県内にもこの種の伝説が多く伝えられ、杖竹の話は杖桜となり、石芋は石もちに置き換えられるなどして語られている。

Written by 小形信夫

2018年06月20日(水)

秀衡塗

ひでひらぬり

衣川の上流増沢は藤原三代のじゅう器を製作したところで、秀衡塗はここから起こったと伝えられているが、明らかでない。要するに秀衡塗は平泉中尊寺とともに、藤原仏教美術が盛んなとき、藤原三代が使った椀をそのまま模ほうしたものが受け継がれ、増沢で産せられたものと思われる。増沢は1964年(昭和39) 、ダム建設により水没したので、工人は胆沢町・水沢市や平泉町などに分散移転して製作をつづけている。原木は地元のブナ・トチであったが、現在は鳴子から移入している。模様は山モモ・野ギク・カラスウリなど平泉周辺のものを題材とし、色は黒・朱・金の3色が基調で、金箔のひし紋を表わし、豪放で格調が高い。椀のほか、膳・盆皿・重箱・盛器・葉書箱など多彩である。1985年(昭和60)伝統的工芸品に指定。

Written by 池田雅美

2018年06月19日(火)

日詰

ひづめ

東北本線·国道4号線筋で紫波町の中心地。1889年(明治22)町村制施行によって日詰町となり、1955年(昭和30)に近隣8村と合併して紫波町の中心となった。藤原清衡の4男清綱の嫡男俊衡の本領であったが、1189年(文治5)源頼朝が藤原泰衡を攻略後、俊衡は頼朝の追討を恐れ、館を焼いて北方に逃れた。その後、斯波氏の所領となったが、 1588年(天正16)南部26代信直が斯波氏を滅ぼし城代を置いて支配し、郡山駅と称した。藩政時代から近江や美濃商人が居住し、近郷相手に商業が盛んであった。現在旧国道4号線沿いを中心に紫波町を商圏とする商店街が形成されている。盛岡への通勤·通学者も多い。

Written by 金子豊

2018年06月18日(月)

氷上山

ひかみさん

北上山地南部陸前高田市と大船渡市の境にある標高874.7mの花こう岩質の山。山頂は東の御殿、中の御殿·西の御殿からなり山ろくの氷上山神社とあわせて気仙地方一円に信仰の山として知られ、ハイキングコースとしても親しまれている。山頂からの広田湾·大船渡湾のながめはすばらしく、中腹には金売り吉次で知られる玉山金山跡がある。

Written by 中村敢

2018年06月17日(日)

薄債

はんさい

藩政時代に藩が公私用の目的で国内外の商人・町人から借入した金穀を藩債という。全国のほとんどの諸藩は江戸・京都・大阪の商人から膨大な借金を負い、 また東北諸藩は奥羽戊辰戦争の際に武器その他の軍需品購入のために外国商人から借金 をした。当初政府はこの藩債を藩自体で処分させる方針をとったが、1871年 (明治4)の廃藩置県に至って、政府が直接その処分に当たることとなり、 諸藩に藩債書類の提出と債権者から債額を申告させ、1873年までの処分方策を公布した。それによると、盛岡藩は内国債20万9513円1銭1厘、英国商人オールトら7人からの外国債61万1788 円81銭、一関藩は内国債1101円34銭 6 理、八戸藩は内国債12万5492円98銭4 厘であった。藩債処分は、秩禄(ちつろく)処分・藩札処分とともに、債権者を国債所有者とし、これを資本とした近代産業発達の条件をつくった。

Written by 名須川溢男

2018年06月16日(土)

ハヤブサ類

ハヤブサるい

ワシタカ目ハヤブサ科。チョウゲンボウは小型のタカでオナガくらいの大きさ。空中でじっと浮かぶことができる。県内で繁殖地は発見されず、春秋の渡りの季節に高原の草地で虫を探すのが見られる。チゴハヤブサはハヤブサに似るが、それより小さく、飛ぶ姿はアマツバメに似る。高速で、昆虫や小鳥を捕る。二戸市で巣と卵が発見されたことがある、まれな鳥。ハヤブサは中型のタカで、 古来からタカ狩りに使われた。三陸海岸に繁殖地があり、がけの岩だなに巣材を使わずに産卵。ひなはピンク色をおびる。ホオジロ・カケスなどを捕えてくるが、アマツバメもえさにする。春から秋まで海岸に暮らし、冬は平野にも出る。

Written by 遠藤公男