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IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2019年07月22日(月)

山崎権三

やまざきごんぞう

1900〜1970 県議会議長。宮古市津軽石生まれ。宮古漁業組合書記を振り出しに協同組合運動に入り、生涯を漁協運動一筋に生きる。宮古漁協組合長・県漁信連会長・全国さけます延縄連合会長などを歴任した。県議に連続5期当選、うち2期議長。恵まれぬ郷土の子弟のため全国でもまれな漁協独自の育英制度を創設した。

Written by 盛合聡

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2019年07月21日(日)

山崩れ

やまくずれ

山崩れは急傾斜地にある岩盤や残留たい積物、または2次的な崖錐(がんすい)たい積物などが、集中豪雨などにより突発的に、急激に崩壊する自然斜面の崩壊現象で、傾斜度が30度から50度の傾斜地に集中的にみられる。岩盤斜面では、節理、層理が30度以上ある流れ盤斜面で、凍結融解による氷楔(ひょうせつ)作用によって、節理、層理などが開口されて崩壊し、残留たい積物の斜面では、多雨、豪雨などによって、土塊が含水して流動崩壊するが、斜面の貧相な植生、ある程度の厚さの残留(風化)たい積物、そのたい積物の含水流動性などに大きく影響を受ける。これらの流動土塊が増水した渓流に流れ込むと、大きい破壊力をもつ土石流の原因となって渓流災害を引き起こす場合が多い。山崩れは一度崩壊すると安定となり免疫性をもつが、ある期間(一説には数百年という)たつと再び山崩れを起こすという周期性ももっている。県内では、北上山地では準平原の周辺部、奥羽山脈では火山灰地の周辺部の谷頭侵食地に危険地が多い。

Written by 多田元彦

2019年07月20日(土)

ブリ

ブリ

アジ科の魚。北海道から東シナ海まで広く分布し、県内沿岸でも夏から秋にかけて回遊して来る。成魚は体長1mに達する。体型は典型的な紡錘形で、体色は背部が青く体側の中央部に黄色体がある。成長段階で名前が変わり出世魚になっている。県内ではワカナ(15cm)ーイナダ(40cm)ーワラサ(60cm)ーブリ(1m)と変わる。宮古では20〜40cmくらいのものをソッコ(汐子)と呼ぶ。最近養殖が盛んになり、ハマチとして市販されているが、ハマチは関西呼びで20〜40cmのものを呼んでいる。晩秋から春にかけて暖海で産卵し、春になると北上回遊する。重要な食用魚で肉は美味。特に冬季は脂肪がのり寒ブリとして賞味される。刺し身・照り焼き・塩焼きなどが好まれる。

Written by 姥子正昉

2019年07月19日(金)

普門寺三重塔

ふもんじさんじゅうのとう

陸前高田市米崎町字竹沢。県指定文化財。木造。屋根は銅板ぶき(元はこけらぶき)で、二重の石組み基檀(きだん)の上に建つ。高さ(地上から九輪(くりん)の先端まで)約12.5m。初層は柱間3間1.64m四方で、二軒繁棰(ふたのきしげだるき)、2層の軒裏には波文に丸文を散らした彫刻を一面に配し、3層は二軒扇棰で各層の意匠を異にする。初層の頭貫(かしらぬき)の木鼻(きばな)は唐獅子(からじし)やマカーラ様の彫刻で飾られ、一手先(ひとてさき)目は通し肘木(ひじき)上に斗(ます)を5個並べ、二手先(ふたてさき)目は木鼻様肘木で支える。軸組みに台輪(だいわ)・頭貫・長押(なげし)を用い、円柱上部を粽(ちまき)とし、木鼻彫刻・火燈窓(かとうまど)を配し、総体に唐様的手法が強くみられる。規模は大きくないが、繊細優美な意匠で統一されている。県内の本造塔婆建築としては唯一の遺構例でもある。棟札(むなふだ)により、1809年(文化6)の創建と知られる。

Written by 佐藤巧

2019年07月18日(木)

フノリ

フノリ

紅藻(こうそう)類フノリ科の海草。県内でフノリと呼ばれているものはフクロフノリで、全国的な分布を示す普通の種類。体は、座から株立ちし中空円柱状で、不規則にまた状に分岐する。大きさ4〜5cm、県内沿岸に普通にみられるが、主に外海に面する満潮線付近の岩盤上に多く着生する。食用や織物用の糊(のり)の材料(ふのり)として利用される。

Written by 大村礼司

2019年07月17日(水)

鳥谷ケ崎城

とやがさきじょう

十八ケ崎とも書く。近世には花巻城とよばれた。花巻市城内にある。室町時代には稗貫氏の本城で、十二丁目城・根子城などの支城があった。近世になって、和賀・稗貫2郡統治のため南部家重臣の北秀愛を城主とした。秀愛は若年で没したので、父の信愛(松斎)が城代となり、その後は城主をおかず1613年(慶長18)に南部政直が城代となったとき、大改造し、近世城郭となった。城郭の規模は9haに及び、北上川と豊沢川に面した段丘がいを要害とし、各郭は大きな堀をもって分離され、城下町も整備された。今は本丸跡以外は町並みになり面影はない。

Written by 体堂寿一

2019年07月16日(火)

百目木

どめき

盛岡市の南に接する都南村北東部、国道4号線と北上川の間にある地名。轟(とどめき・とどろき)から変化したと考えられる。溝などが落ち合って音をたてる所や、かんがい用水をとるために川に築いた横堰(せき)でおこる音から生じたといわれる。この地域は鹿妻堰の支流が北上川に落ちる所にあり、盛岡市近郊にあって都市化が激しい。

Written by 駒井健