X 
IBC岩手放送ホームページでは、広告・番組情報配信、閲覧履歴解析等のためにクッキーを使用しています。このお知らせを閉じるか閲覧を継続することで、クッキーの使用をご承認いただいたものとします。オプトアウトや詳細についてはIBC岩手放送「サイト規定」をご覧ください。

IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2019年05月23日(木)

愛宕

おだき

江刺市の西端の旧村。1889年(明治22)町村制施行により愛宕村となり、1955年(昭和30)に合併して江刺町、1958年市制施行。北上川東岸に広がり平たんで水稲・野菜栽培を中心にホップ・果樹の栽培もみられる。江刺金札米の名声を高めた県農業試験場県南分場・岩谷堂タンスの協業木工団地などがある。

Written by 菊地孝男

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2019年05月22日(水)

おしらさま

おしらさま

東北地方に残っている民間信仰のご神体をいう。多くの場合旧家に伝承し、普通「おしらさま」というが、地方によっては、おしら仏・おこないさま・かばかあともいっており、県内全般に分布している。祭日は、1月16日(15日の例もある)が一般的であるが、3月16日・9月16日に実施している所もある。祭日には、親族または集落の人たちが集まり、「おせんたく」(おせずともいう)とよぶ新しい小裂き布1枚を着せ足す。御神体には、頭を包んだ包頭衣、頭を布から貫いた貫頭衣の2種類がある。棒の先端は、それぞれ男女で、えぼしをかぶるもの、馬頭などが刻まれている。棒材は、桑の木が最も多く、杉や竹などもある。おしらさまは、一般的には養蚕の神と考えられているが、目の神・火難よけの神などともいっており、四つ足などを肉食すると直ちに罰を下す恐ろしい神さまだという。「いたこ」が司祭し、一対を手にして祭文を唱えながら打ち振り、お祭りをしたり、あるいは子供たちがえい児のように背におぶさって隣近所を歩くことにしているのを「おしらさまをあそばせる」といっている。久慈市では、おしらさまは鈴を5つさげているが、おしらさまが馬の神であるためだといっている。

Written by 熊谷章一

2019年05月21日(火)

恐山信仰

おそれざんしんこう

本州の最北端、下北半島にある恐山は、死者の行く山、死霊の留まる山と信じられ、近年までは人が死んだことを「お山へ行った」などといった。7月20日の祭典に集まるのは死者供養のためで、ここで「いたこ(巫女)」と呼ばれる女性から死者の霊の言葉を伝える「口寄せ」をしてもらう。このことを恐山信仰という。1970年(昭和45)7月20〜24日の祭礼のとき集まったいたこの数は41人であった。岩手県内各地からの参拝者も多い。現在の恐山信仰の型が作られたのは、南部藩の支配下にあった安永年間(1772〜1781)のころとされている。

Written by 熊谷章一

2019年05月20日(月)

母の眼玉

ははのめだま

昔話。妻を失った男のもとに美女が現れ、夫婦になる。女は懐妊し産屋(うぶや)に入るが、のぞいてはならぬという。男は禁を破り中を見ると赤子と大蛇(だいじゃ)がいた。女は正体を知られたので、山の沼に戻るほかはないと、左の目をくり抜いて、赤子にしゃぶらせて育ててくれと言い残し、姿を消す。赤子は眼玉をしゃぶって大きくなるが、しゃぶりあげてなくなる。男は山の沼へ行き、大蛇から右の眼玉をもらう。大蛇は盲目となったので、明け六つ暮六つには鐘を打って時を知らせてほしいという。赤子は成人し、盲になった大蛇の母を連れて帰り、孝養を尽くす。この話ののぞくという点と、押し掛けの嫁とは、ともにへび女房にある趣向で、母の眼玉によって育てたという筋は、素ぼくな者の心を強くゆさぶる。古い型の話と思われる。

Written by 金野静一

2019年05月19日(日)

羽場

はば

都南村合併前の旧飯岡村の地域。飯岡平九郎の家臣の小館(羽場館)は百目木にあった。藩政時代南部家御用の焼きがわらの原料粘土がここから盛岡北山に運ばれた。平たん地が多く水稲のほかに、クリ・イグサなどの産地でもある。「湯沢ござ・羽場かます」などという言葉が残っているほど。近くに湯沢団地ができ、人口が急増し、紫波郡内唯一の分校も羽場小学校になった。

Written by 白沢富夫

2019年05月18日(土)

東雲橋

しののめばし

花巻市二枚橋から大迫町に通じる県道羽黒堂二枚橋線の北上川に架かる橋。1962年(昭和37)に架設した橋も橋脚が痛み、橋幅も狭かったので、1980年(昭和55)に架けかえられた。全長337.6m、幅9.75mで総工費10億4000万円を投入したコンクリート橋。付近には花巻空港・県立花巻農高・二枚橋の住宅地・工業団地があり、交通量が増加してきたため地域の文化・経済など日常生活に大きな役割を果たしている。

Written by 堀田皓一・高橋薫

2019年05月17日(金)

篠木

しのぎ

滝沢村の南部。JR大釜駅を中心に盛岡市と接する位置にある。古くは南部氏の直領地であったが、1872年(明治5)盛岡県管内21区の4区に属し、1889年(明治22)町村制施行で滝沢村の一部となる。水田を中心にした農村地域だが、最近盛岡市の近郊農村として野菜栽培も盛ん。盛岡市街地の拡大にともない住宅地化が進んでいる。

Written by 佐々木博康