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IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2018年10月22日(月)

駒ケ嶺不虚

こまがみねふきょ

1893〜1964 北海道生まれ。1908年(明治41)木村泰賢について得度。1917年(大正6)田頭村東慈寺の住職になった。1938年(昭和13)初めて『ホトトギス』に入選。1949年 同人になった。没後、1968年(昭和43)子息の泰生が、『不虚五百句集』を刊行した。この句集の中に人々に知られた不朽の句が、含まれている。

Written by 森莊已池

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2018年10月21日(日)

御返地

ごへんち

二戸市の西南部で浄法寺町に接する地域。1889年(明治22)似鳥・安比・福田の鹿角街道沿いの3村と斗米村の足沢を併せ御返地村となり1955年(昭和30)福岡町に合併、1972年(昭和47)二戸市となる。藩政時代に不作のため、領地を藩に返上したことから、この地名がおこったといわれる。山間地にリンゴ栽培がみられる。

Written by 水沼英三

2018年10月20日(土)

リアス式海岸

リアスしきかいがん

起伏の大きい山地が、地盤沈下や海面上昇にともなって海水の侵入を受け、山地の尾根の部分が半島になり、谷の部分が入江になったのこぎり歯のような複雑な海岸をリアス式海岸またはリアス海岸という。このリアス式海岸はスペイン北西部の大西洋岸・ガリシア地方で、出入りの激しい海岸の入江をリアとよんでいることに由来した用語である。宮古湾以南から宮城県の牡鹿半島にかけての三陸海岸は典型的なリアス式海岸である。リアス式海岸では、湾口は幅が広く水深も深いのに対し、湾頭(湾の奥)に近くなるに従って幅も狭く水深も浅くなり、湾が内陸に向かってV字型をしているので、津波、高波が押し寄せると湾頭に向かって波のエネルギーが集中する。その湾頭に漁村・都市・港などがあるので、中膨らみの湾に比べて被害が大きい。

Written by 多田元彦

2018年10月19日(金)

来迎阿弥陀・菩薩像

らいごうあみだ・ぼさつぞう

東山町松川二十五菩薩像保存委員会にある。県指定文化財。阿弥陀如来立像と二十五菩薩の破損仏。本尊の阿弥陀如来は寄せ木造りで漆箔(うるしはく)、頭部は後に補ったもので損傷が著しいが、衣紋に翻波紋の名残りがある。二十五菩薩像は、北上川の洪水で流れついたものといわれ、仏像の残片200を集め国宝修理所で修理した24体の菩薩。首のないのが惜しまれる。著飾文様彫りの平安後期の来迎群像としては県内で貴重なもの。

Written by 吉川保正

2018年10月18日(木)

横川省三

よこかわしょうぞう

1865〜1904 日露戦争の愛国志士。盛岡生まれ。父は旧南部藩士三田村勝衛。幼名勇治。のち横川家の養子となる。15歳で上京、自由党の加波山事件に連座し1年半の入獄。のち朝日新聞に入社、郡司大尉の千島探検に同行、日清戦争では海軍に従軍。ロシアが満州に触手を伸ばし日露が緊迫状態にあった当時、北京公使館嘱託として清国(現中国)に渡り、情報収集活動に従事していたが、開戦と同時に鉄道輸送路破壊の特別任務班に志願、ラマ僧に扮してチチハル近く潜入したが、ロシア軍に発見され、ハルビン郊外で銃殺された。キリスト信者でもあった。

Written by 侈田代三

2018年10月17日(水)

流鏑馬神事

やぶさめじんじ

神社の境内などで、騎手が古式の装束をつけ、馬に乗りながら的を射る行事。鎌倉時代以降、武士の間で武術の修練のため、競技や娯楽として行われたが、もともとは年占いの意味をもつ神事であった。櫛引八幡宮、盛岡八幡宮および遠野郷八幡宮の祭礼で行われる流鏑馬神事は、「南部流鏑馬」とよばれている。明治以来断絶し、戦後再び復活した。南部旧来のものに塩釜神社の小笠原流が取り入れられている。古くは、本儀の初めに特色ある神事作法があり、童女たちが乗馬しての馬場入りや、「鳴弦」が行われた。

Written by 山本玲子

2018年10月16日(火)

山の神

やまのかみ

農山村で、村近くの山や、小高い丘などにまつられて山仕事をする者を守護する神さまをいう。この日は山働きを休み、お神酒をあげて関係者宅で盛大に酒宴をする。川井村では、大きな鏡もちを二つ重ねにして12個作る。山の神は1年に12人の子供を産むという信仰からきている。またしとぎ・お神酒、幣(ぬさ)などを供える。スギの木などで特別葉の茂って見える枝があると、もやがかかっているともいい、山の神が宿っているといって切らないという俗信がある。沢内村では、旧4月12日・8月12日が祭日であり、11日に旗をたて、12日に集まって祝宴をする。山の神は、男神・女神で、女神は産の神でもあるという。山の神は女神とする信仰が多く、俗に主婦を山の神というのは、山の神が気むずかしく、しっと深いことに起因するともいう。

Written by 熊谷章一