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岩手百科事典

門戸の制かどへのせい

2021年10月27日(水) Written by 森ノブ

11〜12世紀ころ成立したと思われる糠部郡地区の行政区画。鎌倉時代初期の陸奥の国には津軽・糠部・久慈の3郡が成立していたが、糠部郡の中を一戸から九戸に分画し、残りの土地を東西南北の四門制とした。これが門戸の制で、1戸に1牧場・7カ村を配した牧場制による。『四戸八幡宮神役張文案』によると、それぞれの門・戸は並列であったことが分かる。同書には「一番四戸・二番八戸・三番一戸・四番二戸・五番三戸・六番五戸・七番六戸・八番七戸・九番九戸・十番東門・十一番西門・十二番南門・十三番北門・十四番四戸・十五番八戸」と記されている。

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

角浜かどのはま

2021年10月26日(火) Written by 千葉武男

種市町の北部にあり、青森県階上町と境を接する。JR八戸線角の浜駅前から太平洋岸に大芝生原が広がる。密生するヒメシバが南北1kmに達し、さながら青畳を敷きつめたようである。海岸はアワビ・コンブ・ワカメが豊富であり、磯漁業が盛ん。

加藤健かとうけん

2021年10月25日(月) Written by 古館勝一

1908〜1945 詩人。盛岡市生まれ。本名は健一。盛岡中学を経て昭和医専卒。1931年(昭和6)第1詩集『詩集』を前田鉄之助の詩洋社から刊行。第8詩集『記録』(1941年・昭和16)は、序文川端康成・装丁藤田嗣治で、日本詩壇詩人賞を受賞。著書には、遺稿詩集『鳩笛』など12冊の詩集がある。

かど

2021年10月24日(日) Written by 菊池強ー

岩泉町小本川支流にある街村。藩政時代は上田通りに所属していた旧村。1889年(明治22)の町村制施行によって小川村になり、1956年(昭和31)岩泉町に合併。横道には、良質の耐火粘土を産出する日本粘土鉱業がある。最近は、宇霊羅(うれら)焼の材料粘土としても需要が伸びている。主要地方道盛岡一岩泉線と国道340号線の分岐点で、交通上の要地になっている。

家庭電化かていでんか

2021年10月23日(土) Written by 斉藤文男,出雲正一

電力供給力が拡充され、経済的余裕が出はじめた1955年(昭和30)ごろから電化熱が芽生え、「神武景気」と流行語まで生んだ1957年の好景気が電化ブームに拍車をかけた。家庭電化は、1957〜1964年のいわゆる「三種の神器」(白黒テレビ・洗たく機・冷蔵庫)の普及時代と、1966年(昭和41)からの大型消費財のカラーテレビ・クーラー・自動車の普及した、いわゆる「3C時代」を経て驚異的に進んだ。1986年(昭和61)県内の家庭電気機器普及率は電気毛布166.1%をトップにカラーテレビ158.7%・電気コタツ139.4%・電気冷蔵庫120.4%・扇風機119.8%・掃除機103.8%となっている。家庭電化が進み、電気の消費量も大幅に増え、過去35年間に2.5倍となり、消費の8割は電気製品で占めている。

河童かっぱ

2021年10月22日(金) Written by 小形信夫

全国諸地方の河川・池沼に住む妖怪で、県内では「かわたろう」とも呼び、伝説の分布は広い。形状は各地によってさまざまであるが、総体的には童子の形で、頭頂に水をたたえた皿があり、腕に毛が生えて太く力が強いなどの属性を備える。時に人馬を水に引き入れ、しりっ玉を引き抜くとして恐れられているが、その半面失敗談も多く、逆に捕えられ、ようやく命を助けてもらった礼として接骨の秘薬や金を贈られたという話が伝えられている。このかっぱの発生に関しては、水神の信仰と関係が深いものといわれ、またかっぱのこま引きはサルを馬の守護と頼んだ猿駒(さるこま)引き伝説からの転移であろうとされている。

合奏がっそう

2021年10月21日(木) Written by 吉田久五郎

1908年(明治41)盛岡市で儀俄正(通称円子)が陸軍軍楽隊出身の楽士を中心として東華音楽会を組織し、岩手公園で演奏会を催したのが組織的合奏活動のはじまりと思われる。同じころ工藤全次郎を会主とする二葉音楽会も30〜40人の会員を集めて活動した。地方では1927年(昭和2)武田忠一郎が黒沢尻華洋管弦楽団を組織し、各地で演奏活動をした。昭和初期にはこのほかに盛岡・水沢・黒沢尻などでハーモニカバンドが結成され活動している。1975年(昭和50)に結成された県合奏連盟に県民オーケストラ・宮古市民管弦楽団・花巻市民オーケストラ・花巻コレルリ合奏団・盛岡室内合奏団の5団体が加盟し、それぞれ独自の演奏会を開くとともに移動音楽祭、岩手管弦楽祭などを開催し、合同の発表会をもっている。