IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2017年01月17日(火)

和山高原

わやまこうげん

釜石市橋野地内の北上山地の東斜面に広がる標高約800mの緩やかな高原。かつては森林だったが、幕末に近くの橋野高炉で製鉄した際に、燃料炭として伐採された。戦後国や県の牧野化が進められ家畜放牧場になっている。付近に貞任山・琴畑牧場があり、準平原の牧草地は山菜やキノコが多く、レクリエーションの場所ともなっている。

Written by 及川勝見

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2017年01月16日(月)

横田

よこた

陸前高田市、気仙川中流域盆地の旧村。1889年(明治22)町村制施行により横田村となり1955年(昭和30)に合併。米作のほかに葉タバコ・ハウスイチゴ栽培や酪農が盛ん。地名の由来はアイヌ語のイオコタン(魚族の群居する所)とされ、アユの好漁場・産卵場で、アユ・ヤマメの養殖場や、誘致企業の弱電工場がある。

Written by 沙田元孝

2017年01月15日(日)

海底地質

かいていちしつ

島孤と海溝の地質構造発達の歴史を解明するのに、三陸沖は極めて重要な所である。東京大学海洋研究所、海上保安庁水路部、地質調査所ならびに石油公団などの音波探査データが豊富で、そのデータに基づいて、国際深海掘削計画(IPOD)の一環として1977年(昭和52)に宮古東方沖(日本海溝陸側斜面6地点、太平洋側斜面1地点)でボーリングが行われた。その結果、日本海溝の陸側斜面下における、現世〜中世代白亜紀に至るたい積物の存在が確認され古第三紀においては日本海溝域が陸化しており、その後沈降していったとの説が出された。

Written by 井上雅夫

2017年01月14日(土)

ウグイ

ウグイ

生活範囲が川の上流から近海へと大変広く、陸封型と降海型とがあるコイ科の淡水魚。陸封型は川の中流以上にすみ小型。降海型は川口付近から近海にまですみ、産卵のため川をさかのぼり大型。釣りや定置網で漁獲される。産卵期には雌雄ともに体側に3条の赤だいだい色の婚姻色が現れるので、宮古地方ではアカハラ、産卵期以外のものをオゲェとよぶ。強酸性の水質によく耐える魚として有名。塩焼き・田楽などにする。全長30cm余になる。

Written by 西野耕一郎

2017年01月13日(金)

常楽寺

じょうらくじ

花巻市中根子。金生山。時宗。1302年(乾元元年)稗貫氏の重臣根子和泉守が鎌倉へ登った折、遊行2代真教から法益を受け、和泉守が帰郷にあたり真教の弟子の其阿(ごあ)を同道し、下館の地に其阿を開山として堂を建立した。1590年(天正18)根子氏落城のとき、寺が戦火に遭い根子一族とともに住職の弥阿が秋田県仙北郡に退散し、1604年(慶長9)ごろ旧寺領の其阿田という所に戻り、堂を建立したのが現在の寺跡である。その後23代快秀の代に本堂が完成、29代真善の代に改築された。

Written by 照井廣善

2017年01月12日(木)

蘭梅山

らんばいさん

一関市山目地区の丘陵の東端にあり、標高151mでながめがよく、市民の散策やレクリエーションの山として親しまれている。1975年(昭和50)愛鳥の森に指定され、約100種にのぼる野鳥が生息し、自然観察園として貴重である。中腹には、延喜式配志和神社が鎮座し、歴史の古さをしのばせる。

Written by 鈴木直

2017年01月11日(水)

そり

積雪の際に用いる運搬具の一種。雪車・雪舟とも書く。その形状・大小・用途によって名称が多少異なっている。県北地方のそりには、やまぞり(横木2本以上で、荷を水平に保つように工夫)・急坂用のはやぶさ(横木1本で、荷の後部を引きずり、ブレーキの役を果たす)・ばつ またはばつぞり(はやぶさの両側に棒を立て、まきや木炭を高く積めるように工夫)などがある。馬ぞり・牛ぞりは専門の業者が使用するやや規模の大きいもの。積雪の多い地方で使用する「たちそり」というのは、35cmぐらいのそりの中ほどの小さな突起に穴をあけ、なわを掛けて手に持って滑らすもの。沿岸や県南部ではきんまが多く、これは積雪に関係なく使用される。盛岡周辺にはもつた・よつままとよぶそりがあり、箱ぞりといって子供のお守り用のものもある。

Written by 金野静一