IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2018年02月25日(日)

古代の窯跡

こだいのかまあと

土器や陶磁器・かわら・はにわなどを焼いた窯跡である。縄文式土器や弥生式土器を焼いた窯は全国的にあまり知られていないが、本県のように縄文式土器が多量に出土するところでは、土器を焼いたと思われる、 2m以上のほぼ円形の広がりをもった焼け土が厚さ30cmほどたい積した所が発見されている。特別の構築を行わない野天のたき火の中で焼いたので、窯跡といえるか問題である。同じ素焼きの土器でも土師器(はじき)のろくろを用いて作るものになると一部職人による大量生産が行われたらしく、円形の平窯跡が発見されている。一般に「岩手県の古代窯跡」として注目されるのは、丘陵の緩傾斜面を利用して作った登り窯跡で、平安時代に須恵器(すえき)とかわらを焼いた跡である。幅約1m、長さ約5mの細長い舟底形の窯で、上方の先端に煙出しがあり、下方にたき口が作られたものである。江刺市稲瀬町の瀬谷子・蔦ノ木など一帯に100基以上群をなして登り窯がつくられていた。近くに土山という良質の粘土を出す場所もあって恵まれていた。平安時代の本県の開拓に関係して、多量の須恵器やかわらなど製造が行われた所である。そのほか、水沢市の見分森や羽田町外浦、北上市相去町にも登り窯跡がある。

Written by 草間俊一

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2018年02月24日(土)

工芸作物

こうげいさくもつ

加工用原料として栽培される農作物。昔から現在に至るまで工芸作物として栽培されているものに葉タバコがある。藩政時代にはキセル用の南部キザミが本県の特産物だった。戦前は繊維作物として陸中タイマを栽培、げたの鼻緒やロープ用に加工されていたが、戦後は麻薬取り締まりの上から栽培が禁止された。また1942〜1960年(昭和17〜35)ごろまでは県北部でミブヨモギが回虫駆除のサントニンの原材料として栽培されていたこともある。1950・1951年には薬用ハッカの栽培がブームを呼んだ。さらに、 ビート (サトウダイコン)やビールの苦味を出すホップが工芸作物として一般に知られている。ホップの作付け面積は1984年(昭和59)に341haとなり、山形県を抜き国内第1位の産地となった。しかし、安い外国産ホップの輸入で作付けは抑制の方向にある。

Written by 佐藤紀生・瀬川征光

2018年02月23日(金)

猊鼻渓

げいびけい

東山町長坂にあり、気仙郡界に源を発する砂鉄川が東山町を流れる所にできた峡谷。古生層の石灰岩層が砂鉄川に浸食されてできたもので、石灰岩層の水浸峡谷として景観がすぐれている。1925年(大正14)史跡名勝天然記念物保存法(今の文化財保護法)によって国指定の名勝となった。景色がいいのは約2kmの間で、川岸は100m前後の石灰岩の断がいや絶壁で囲まれ、その中を清澄な砂鉄川の水が静かに流れ、川底の小石や魚がよく見える。断がいは、 ヤマツツジやフジで彩られ、 フジの咲くころと紅葉期は特に美しい。がけの所々に、滝がかかり、鐘乳洞が開口する。終点近くの一大岩壁に、岩のこぶが出ている。一種の鍾乳石で猊(しし)(ライオン)の鼻の形に似ていることから猊鼻(げいび)の名が付けられた。遊覧船による舟下りで船頭の歌う「げいび追分」と共に四季の景観を楽しむことが出来る。

Written by 瀬川経郎

2018年02月22日(木)

黒沢尻

くろさわじり

北上市の中心市街地。1889年(明治22)町村制施行で町となり、 1954年(昭和29)に近隣6村と合併して北上市の中心となった。古くは前九年の役の古戦場として、黒沢尻柵が築かれたところであり、藩政時代は奥州街道の宿場として、川岸地区は北上川水運の河港として栄えた。明治以後東北本線・国鉄横黒線(現北上線)、平和街道(現国道 107号線)の開通によって交通の要衝としての性格を強め、西和賀地方の鉱山開発、馬産地を背景にした馬市など和賀地方の経済活動の中心となった。市制施行後は区画整理事業が行われ近代化が進んでいる。

Written by 加藤紘

2018年02月21日(水)

熊谷伊助

くまがいいすけ

生年不詳〜1876 千厩町日野屋商店の出身。19歳で上京し勤勉力行商売に努め、のち横浜に移り呉服商となった。松屋伊助と称し大いに商利を上げた。郷里の親への手紙には切々たる愛情を述べ、仙台領国産品の開発とその販路の拡張を考えていた。横浜の発展に着目し、埋め立て工事、築堤、市街の整備に努力し、伊助町とよぶ町名さえできた。

Written by 千葉房夫

2018年02月20日(火)

お七夜

おしちや

隠し念仏と関連ある行事であるが、県内で行われている市町村は少なくなった。北上市の成田では、11月22〜28日をいい、この7日間、先生方・お脇さまとよばれる人たちは、各家々の仏壇前で正信偈(しょうしんげ)を唱えて歩く。滝沢村では、11月22日から1週間精進料理をし、魚食や肉食を断ち菜食を主とし、夕食後毎晩集まって仏前にぬかずきお念仏をし、最終日の28日には7日間の慰労をかねて祝宴を開く。浄土真宗の寺では、7日間説教があるのでこれを聞きに行く者もある。新里村では、隠し念仏の先生の家で、3〜4歳の子供が信者として認められ、1週間念仏をあげる。このほか、同じく「お七夜」といって誕生後7日目の夜、またはその祝いを指し、この日に命名する風習がある。

Written by 熊谷章一

2018年02月19日(月)

熊の鼻

くまのはな

岩泉町の茂師海岸と小本海岸の中間にある海食がい。現海面上に発達した貫通海食洞で小船が通過できる。国道45号線の改修によって新道が生まれ、展望台が2カ所ある。遠望すると熊の鼻に似ていることから地名となった。陸中海岸国立公園の名勝地の一つ。

Written by 菊池強一