IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2017年09月21日(木)

演劇人

えんげきじん

テアトル・コメディ以来翻訳・演出・演技と幅広い活動を続けている文学座座友長岡輝子は盛岡市出身。旧東洋英和高女からフランス・シャルル・デュラン研究所に学んだ。演出の代表作に「花咲くチェリー」・「ガラスの動物園」などがあり「大麦入りのチキンスープ」のサラの役で、1964年(昭和39)の芸術祭文部大臣賞を受賞。劇作演出の秋浜悟史は玉山村出身。岩手高校から早大に進み劇曲集「東北の四つの季節」・「しらけおばけ」があり、1966年紀伊国屋演劇賞、1968年岸田演劇賞を受賞。そのほか演技者としては、解散した新国劇に郡司良、民芸に伊藤孝雄・山口仁奈子・山吉克昌、文化座に田村錦人、文学座に三浦真弓、俳優座に立花一男、劇団銅羅に千田隼生らがおり、それぞれ活躍している。故人では、中村俊一(劇団「仲間」)が松尾鉱山の関係で本県と縁が深く、1956年「三人の紳士」で芸術祭個人奨励賞を受賞している。

Written by 細越広人・斎藤五郎

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2017年09月20日(水)

もち

もちの由来は諸説があって定かでないが、かなり古くから「人の生命に力を与える食物」として信じられていた。また祭りや行事などには「晴れの食物」として神への供物やごちそうとして作られた。日本以外の国には現在の国内のもちと全く同一のものは見あたらない。「餅(もち)」という字は中国では意味が違っていて、それは小麦粉加工品の通称である。例えば月餅(ユイピン)のように皮が小麦粉の製品である。県内の場合もちの材料は、水田地帯は米が主で、畑作地帯はキビ・アワ・米がその原料の中心になっている。県内高校生と教師のレポート『岩手の郷土食』の、 もちの食べ方をみると、東磐井地方の「餅の本膳(ほんぜん)料理」などの種類として、小豆もち・しょうがもち・ごまもち・くるみもち・納豆もち・ひきなもちなどがある。また江刺地方では福取りもち (きなこもち)といって、神さまに供えたもちを焼いて、玉砂糖の液をくぐらせ、きな粉に受けて食べるもち料理がある。また枝豆をすりつぶして調味し、それにもちを入れるずんだもちがある。7〜10月ごろまでの季節料理で、特に盆には必ず用いていた精進料理である。また以上のほかに料理もちと称して、わさびもち・なんばんもち、おろしもち・いかのふわたもち・じゅうねもち(えごまをすってまぶしたもの)がある。もち料理には大根なますを必ず添えるようにする。

Written by 鷹觜テル

2017年09月19日(火)

メダカ

メダカ

日本最小の魚で、 メダカ科の淡水魚。本州各地の池沼や水田などに生息しているが、北海道には分布しないといわれている。全長3〜4cmに達するが、雄は雌より小さくせびれの後にくぼみがある。地方名の多い魚としても有名で、その数は2000種以上といわれ、県内でも盛岡市のメザッコを初めとして40種類の地方名がある。野生のものは灰かっ色であるが、飼育されたものは、淡黄色のヒメダカになる。一般に食用としない。実験動物として著名。

Written by 西野耕一郎

2017年09月18日(月)

爾薩体

にさたい

貳薩体とも書く。今日の県北二戸郡から青森県三戸郡方面にかけての地帯を、古代この地名で総称した。今も二戸市に仁左平の地名が残っている。おそらく馬淵川本流域地帯がこの名でよばれた。坂上田村麻呂の攻略は胆沢から北上川沿いに今日の盛岡市近くに及び、志波城で北を限った。文室綿麻呂のときになって811年(弘仁2)田村麻呂の跡を受けて、 その東及び北に攻略の手が伸ばされる。それが閉伊と爾薩体の蝦夷(えぞ)攻略であった。この時代は、中央からの征夷軍の東下はなく、奥羽両国が地元軍と、味方する蝦夷軍とを組織して軍事行動をとった。この結果、爾薩体つまり二戸方面は、郡制を敷くまでには至らなかったが、急速に内国化の方向をとる。岩手郡北から二戸郡にかけての土師(はじ)遺跡がそれを証明している。

Written by 高橋富雄

2017年09月17日(日)

ウ類

ウるい

カワウ・ウミウ・ヒメウ・チシマウガラスの4種類があり、本県では4種とも記録があるが、 カワウ・チシマウガラスはまれな種類。ウミウは県内沿岸の宮古市重茂・田老町佐賀部・釜石市三貫島に繁殖地がある。集団で営巣し環境は人間などの外敵が近づけない絶壁や孤島。ウ飼いのウは本種。ヒメウはウミウより小型で冬季間、沿岸各地で普通に見られる。県産鳥類目録には必ずカワウがあるが、現在は環境の変化で数が減っている。

Written by 田鎖巖

2017年09月16日(土)

花泉編笠

はないずみあまがさ

花泉町花泉地区で、藩政時代から生産されている農作業用編みがさ。原料はイグサで、以前は花泉地区でも栽培されていたが、現在は岡山県から購入している。農家の農閑期の収入源として1955年(昭和30)前後までは量産されたが、その後工場生産の帽子に圧倒され、生産者・生産数が激減。代わって観光用のおけさがさの生産比重が高まっている。

Written by 松岡史郎

2017年09月15日(金)

水沢権現堂住居跡群

みずさわごんげんどうじゅうきょあとぐん

水沢市佐倉河字権現堂。胆沢城の東南約300m、水沢面の微高地上にある。遺跡は1955年(昭和30)に桜井清彦ら早稲田大が発掘調査し、奈良時代の竪穴(たてあな)住居跡・土壙(どこう)跡、土師器(はじき)などを検出した。土師器には甕(かめ)、壺(つぼ)、杯・高坏(たかつき)などがあり、この時代の供膳(きょうせん)形態を掌握したことは学史的意義がある。竪穴住居跡は2.5×3.0mの小規模な住居1棟を検出しただけだが、周辺には多くの住居跡が存在すると考えられている。遺物の一部は胆沢城跡収蔵庫に陳列されている。

Written by 伊藤博幸