IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2018年01月21日(日)

あい

タデ科に属する1年草で草丈は80cmぐらい。秋に赤または白の小花が穂になって咲く。葉と茎を藍染めの原料として使用する。日本には中国から移入され、 7世紀頃には栽培と染色方法が確立され、 日本独特の醱酵(はっこう)法によって染色している。南部藩では産業として認め、領内の生育について届け出させた。県北の二戸・遠野・和賀の沢内など領内各地で栽培もされ、一般庶民の衣料の染色に欠くことができなかった。アイで染めた布は丈夫で、色も使うほど良くなるので、農村では自家製の麻布をアイで染め、野良着や日常着、寝具、風呂敷などを作った。盛岡市の小野染彩所では、藩政時代から戦前あたりまで、雫石・滝沢・玉山など各地特有の模様を、注文によって藍染めしていた。色合いによって縹色(はなだいろ)、浅葱色(あさぎいろ)がある。

Written by 平山貞

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2018年01月20日(土)

三本木開拓

さんぼんぎかいたく

三本木とは昔「三本木平」とか「三本木原」とよばれており、現在の十和田市を中心とする東西40km、南北32kmの地域。水のない地とか人の住めない地といわれていたが、1855年(安政2)に開拓に着手して以来、目覚ましい発展を遂げてきた。その開拓に早くから目をつけたのが新渡戸伝で、1852年(嘉永5)、かねて懸案であった三本木新田開発について藩主に上申したが、藩の財政難のため、すぐには許可されず、やがて、伝が63歳の1855年、ついに許可を得て開拓に着手した。嫡子十次郎とともに悪戦苦闘して着々と計画を進め、伝(1867年・慶応3死去)亡き後は孫の七郎へと事業は引き継がれた。しかし規模の大きさは新渡戸一族だけでは到底できないものであり、伝の代から、国営事業とするように民部省への願書を提出していたこともあって、1884年(明治17)には開墾会社が創立された。1921年(大正10)には水利組合を設立、ついに、伝の念願であった国営開墾が、1929年(昭和4)に第1次、1938年に第2次事業として、農林省が継承することになった。伝・十次郎・七郎3代の偉業が、水田3300haの実現への土台となっているところから、この3代をたたえる新渡戸記念館が、ゆかりの地である太素塚境内(十和田市)に建てられた(1965年・昭和40、3月完成)。

Written by 太田原弘

2018年01月19日(金)

新渡戸伝

にとべつとう

1793〜1871 南部藩士・七戸藩大参事・青森県三本木の開拓者。広大でやせた荒野を辛酸言語に絶する10年間の努力で開墾。生前、その器量の程を知る者なく、わずかに日戸天嘯が「人となりは勝海舟に一歩あか抜けたる者、野太くて飽くまで人情・事変の表裏に徹し何事に及んでも吹煙・茶話の間に埒明くるの態度がある」と評した。大きい舞台に活躍させたなら大きな力量を発揮したであろう。遺稿に『太素日記』・『太素漫筆』がある。十和田市に新渡戸神社としてまつられており、新渡戸記念館(十和田市太素塚)は豊富な開拓資料を陳列している。

Written by 森荘已池

2018年01月18日(木)

防災計画

ぼうさいけいかく

災害対策基本法(1961年・昭和36)に基づいて作成される計画。県段階には「県地域防災計画」があり、市町村段階にもそれぞれの地域防災計画があって、市町村の計画には具体的な避難場所の指定も行われている。計画は、広域にわたる風水害・津波・土砂崩れ・火災・豪雪などの災害に対する予防計画と実際に災害が発生した場合の応急対策や復旧対策が盛りこまれている。県は1964年に県防災会議を設置して、この計画を作った。防災会議には県関係機関のほか気象・運輸・電力・通信・放送などの各機関が参加している。

Written by 高泉弘二郎

2018年01月17日(水)

鉛温泉

なまりおんせん

花巻市の西部大沢温泉から4km、豊沢川沿いにさかのぼった山間の静かな温泉。泉質は単純泉で湯温は52〜63℃。1753年(宝暦3)の発見と伝えられ、ひなびた湯治場的な湯であったが、旅館施設も近代化され、徒歩5分の高倉山は鉛温泉国定スキー場としてにぎわっている。上流には西鉛・新鉛の温泉や豊沢ダムがあり、年間を通じて楽しめる温泉である。

Written by 堀田皓一

2018年01月16日(火)

寺請状

てらうけじょう

キリシタン宗門改めに当たって、寺院檀那(だんな)寺によってキリシタン信者でないことを証明させる方法をとり、このときの身柄証明が寺請状である。旅行・奉公などの身柄移動にも、この寺請け証明が必要であった。文面には、名前・性別・家族構成を集計して、代々当寺檀家に相違ないと記し、もし、法度邪宗門の信者であるなどの密訴があった場合には、寺側で責任をもって身元潔白を保証するとも記載されてあった。宛て先は宗門御用改御用所である。

Written by 吉田義昭

2018年01月15日(月)

草刈唄

くさかりうた

初夏未明に起きて草刈山へ行くとき、馬上で歌うこの歌は一種の馬子唄(まごうた)である。このため、馬方節の歌詞と同じものもある。夕方まで馬を放牧し、芝草を刈って乾かし、夕方馬に積んで帰るのである。代表的な歌詞は、「出がけに山々見ればハァ霧のかからぬ山もない」。

Written by 鷹觜洋一