IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2017年11月19日(日)

浄法寺城

じょうほうじじょう

浄法寺町字八幡館にあり、町の東南、切り岸40mの高台にある。およそ4つの曲輪(くるわ)からなり、東は安比川に臨む絶壁、南には広い堀をめぐらし、北は急ながけで水堀があったとみられる。畠山重忠の3男重慶坊の子孫が浄法寺氏を名乗り、安比川筋を支配した。のち南部氏に仕え5000石を給された。修理良好のとき、岩崎出陣に際して南部氏27代利直の意に反し領地を没収された。のち松岡氏と称して再び南部氏に仕えた。松岡堰(ぜき)を完成するなどの功績を残した。

Written by 浄法寺城

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2017年11月18日(土)

吉里吉里国

きりきりこく

作家井上ひさしの小説『吉里吉里人』にあやかり、 1982年(昭和57)、吉里吉里の地名がある上閉伊郡大槌町にむらおこしの一つとして誕生したミニ独立国。全国各地のミニ独立国の先駆けでもある。国王は町長。1987年には吉里吉里地内に「おおつち郷土資源創造センター」が完成し、特産品の開発・販売や全国のミニ独立国の交流の場として活用されている。このほか、県内のミニ独立国は遠野市の万世の里と気仙郡三陸町の銀河連邦サンリク共和国がある。

Written by 伊藤裕顯

2017年11月17日(金)

平館

たいらだて

西根町のほぼ中央に位置する旧村で西は松尾村に接する。天正年間(1573〜1592)一戸南部の支流信濃守政包の本拠となり平たんな盆地の中央に館を築いたため平館の地名が生まれたともいわれる。その後、南部の所領となって明治に至り、1889年(明治22)の町村制で堀切村と合併して平館村となる。現在国道282号線沿いに商店街が形成されているが、明治以来、西根・松尾地区を相手に商業活動の中心であった。

Written by 金子豊

2017年11月16日(木)

藤村操

ふじむらみさお

1886〜1903盛岡出身。荘助の3男で東洋史学者那珂通世のおい。旧制一高1年生で「巌頭之感」を樹幹に墨書、 日光・華厳の滝に投身自殺を遂げた。「既に巌頭に立つに及んで胸中何等の不安あるなし...大なる悲観は大なる楽観に一致する」と。これは絵葉書になり自然の古典と騒がれ、藤村の後を追う悩める青年は十数人に及んだ。

Written by 遠山崇

2017年11月15日(水)

杜陵映画クラブ

とりょうえいがクラブ

1919年(大正8)に盛岡市に誕生した県内最初の研究団体。「映画憧憬会」がその前身で、初期のメンバーは松本小四郎・唐武・赤沢勝三郎らであった。1923年に新たなメンバーを加えて「杜陵映画倶楽部」を結成し、機関誌を発行したほか、早稲田大の映研と提携。徳川夢声・迂原敏らを招いて名画鑑賞会を開催した。大正末期には吉田源三の「杜陵シネマ研究会」、昭和に入ると川村公人の「新視覚社」、次いで盛内政志の「モンタージュの会」が生まれ、同人誌を発行して評論活動を展開したが、 1936年(昭和11)に大同団結して盛岡映画研究会が発足した。1951年(昭和26)に結成された鑑賞組織が盛岡映画連盟で、袰岩新吉の盛岡映画クラブに、 この伝統が受け継がれている。

Written by 盛内政志

2017年11月14日(火)

川口月嶺

かわぐちげつれい

1811〜1871 四条円山派の画家。通称七之助、字は有度、号は月嶺・真象など。花輪村(現秋田県鹿角市)生まれ。18歳で出府し鈴木南嶺に絵を学び、柴田是真とともに南嶺門下の両雄と称された。35歳のとき、南部氏38代利済に召しかかえられ、御絵御用を勤めた。代表作に「双鶴図」・「鶏と牡丹図」、「西王母と猿図」・「林和靖図」などがある。月嶺の子、月村もまた画をよくし、「三傑の図」・「竜の図」、「東北本線沿線風景絵巻」などの傑作が残されている。

Written by 梅原廉

2017年11月13日(月)

県民栄誉賞

けんみんえいよしょう

本県が1984年(昭和59) 10月に創設。この賞は、広く県民に敬愛され県民に明るい希望と活力を与えた人達を讃えるもので、スポーツ・文化などの分野で活躍した団体と個人に贈られる。第1号は、ラグビー日本選手権で7連覇を達成した新日鉄釜石ラグビーチームで1985年1月31日中村知事から表彰状とグラフィックデザイナー・福田繁雄制作の盾が贈られた。第2号は1983年のモスクワ世界選手権に次いで1985年韓国で開かれた第14回世界柔道選手権大会(78kg級) で優勝した日蔭暢年(岩手県警)が受賞。

Written by 川島敬司