IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2017年07月26日(水)

なにゃどやら

なにゃどやら

旧南部領であった青森県八戸・野辺地・戸米・五戸・三戸から、県内では二戸・九戸・岩手郡などの広範囲にわたって行われる盆踊唄(うた)でもある。節の違いや文句の違いはあるが、一様に次のような意味不明の歌詞を元歌にしている。「ナニャドヤラ ニャニャドナサレノナニャドヤラ」。この歌の由来については口碑伝説が多いが、南部藩祖光行が奥州攻略の功で糠部五郡を与えられたときにさかのぼり、甲州南部から移入されたニャーことばという説(照井壮助)や、一戸町出身の川守田英二のヘブライ語による軍歌説などは研究的立場であるが、そのほかに凶作に対する慨嘆・男女の愛・梵語(ぼんご)・たんなる掛け声などと諸説が多い。この地域では広範囲にわたって行われており、武田忠一郎の採譜によると、旧南部領内に47曲がある。たいていは音頭に対して付け唄があり、かけ合いに歌う場合も多い。リズムは単調でテンポは緩やかであり、踊り方は右回りの円陣を作って、すり足で進む。踊る場合に限って太鼓を使用するが、笛を用いないのが本体である。

Written by 鷹觜洋一

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2017年07月25日(火)

天才人

てんさいじん

詩中心の文芸誌。1932年(昭和7)創刊。装丁は荒川文助。発行盛岡天才人社。同人に岡崎澄衛・松田幸夫・遊座滋男・菊地毅・平川曏・湯島鐵也。のちに柴山武夫・水上嘉彦・村井敬子・若松千代作・平出千城・酒井忠が参加した。巽聖歌・関登久也・森荘已池らが寄稿。第5集に下山清・石川善助の遺作、第6集終刊号に宮沢賢治の「朝に就ての童話的構図」を掲載した。

Written by 小森一民

2017年07月24日(月)

臨済宗

りんざいしゅう

臨済義玄を祖とする禅宗の一派で、日本臨済宗は、栄西によって確立された。鎌倉時代に武家の保護もあり大いに栄え、五山・十刹(じっさつ)の制度で臨済宗の不動の地位を得た。建築・彫刻・絵画・書道をはじめ、茶道・礼法などの日本文化に大きな影響を与えた。教えは、自分が仏であることを信じて座禅に励み、真実の自己に目覚め、常に脚下(あしもと)を照顧(みつ)めて生活を正し、生かされている自分を感謝しつつ、世のため人のために尽くすことを本旨としている。県内の寺院はほとんど、京都市右京区の妙心寺末寺である。13世紀初め建立の聖寿寺と14世紀中ごろ建立の東禅寺との末寺が旧南部藩に多く、16・17世紀に建立されていて、旧伊達藩の寺院は松島の瑞巖寺末寺でやはり16・17世紀に建立されている。県内に29ヵ寺、内陸の盛岡市以南と県南沿岸に多く分布している。

Written by 佐藤正順

2017年07月23日(日)

茂師海岸

もしかいがん

岩泉町の小本海岸の小成を中心とする海岸。陸中海岸国立公園を代表する典型的な岩石海岸。熊の鼻展望台・小本海岸と続く地点にあって、北部陸中海岸の観光分岐点にあたっている。小港だが、第2種漁港の良港で、海岸一帯はコンブ・ワカメ・アワビなどの産出が多い。

Written by 菊池強一

2017年07月22日(土)

ハナショウブ群落

ハナショウブぐんらく

ノハナショウブという。この群落の国指定地は本県・三重県・鹿児島県の3ヵ所にある。県内では花巻市西宮野目字君ヶ沢(二枚橋駅南方)の低層湿原1.7haが、天然生ノハナショウブの群落地。花の色調に青紫-紫-赤紫の段階的変化があるのが特徴になっている。1935年(昭和10)国の天然記念物に指定。7月の開花期は見事である。

Written by 村井三郎

2017年07月21日(金)

雲南さま

うんなんさま

花巻地方では、宇南大権現(うなんだいごんげん)を竜神さまといっている。県南地方の「うんなん」信仰を見ると、落雷伝説がともなっていることが多い。花泉・一関地方では、木造の社堂でしばしば落雷したので、雷神さまといっている。東和町では、農業の神・水の神と伝えている。うんなん(雲南・宇南・運南)信仰はヘビとか落雷が関係し、水神としての性格が強いと思われる。「ほうりょうさま」とともに、農耕生活と関係した民俗信仰の一つと考えるべきものである。

Written by 熊谷章一

2017年07月20日(木)

箱石

はこいし

川井村の北東部。閉伊川とJR山田線沿いに明けた集落。地域の中央に箱に似た石があったことから地名がおこったとされる。この地は、義経が頼朝に追われ一時身を潜めた地とも伝えられている。日本短角牛の飼育が盛んで箱石牛取引市場では牛の取引が行われている。

Written by 佐瀬寿朗