IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2017年05月29日(月)

亀掛川英吾

きけがわえいご

1870〜1962 大東町大原生まれ。医学博士。赤痢対策に甘汞(かんこう)療法を説き、亀掛川の逆療法として全国の伝染病学界で著名であった。化学療法、抗生物質療法万能の医学界に対して大きな警鐘を与えた。旧制二高医学部卒後、1907年(明治40)から仙台市で胃腸病院を経営、90歳を越えても現役の大家として活躍し、1953年(昭和28)83歳で医学博士になるなど話題の多い人物であった。

Written by 七宮涬三

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2017年05月28日(日)

厄年

やくどし

男の25・42・61歳、女の19・33・37歳は厄年で、特に男の42歳・女の33歳は大厄である。19歳の女は「年回りが悪い」として婚礼をしない。一関市本寺では、厄年祝いには赤い手ぬぐいを贈られる。そして門松を2つ作り、男女とも赤いえりをかけて門松を2度くぐる。大東町猿沢で61歳の厄祝いをして隠居したのは厄年を人生の区切りの一つと考えたからであろう。

Written by 森口多里

2017年05月27日(土)

外山

そとやま

玉山村中央南部外山ダムと岩洞ダムにはさまれた高原地帯。県道盛岡-岩泉線とその支線に沿って、大ノ平・葉水・蛇塚などの集落がある。1876年(明治9)県営外山牧場開設後、人々が多く住みつき、県内屈指の馬産地として知られるようになった。現在大ノ平を中心に県畜産試験場・肉牛公社があり、付近一帯は畑作農業から有畜農業に移り変わっている。

Written by 大谷悟・高橋薫

2017年05月26日(金)

ナンブトラノオ

ナンブトラノオ

タデ科タデ属の小型の高山性多年草。1903年(明治36)牧野富太郎が早池峰山固有種として命名。標本採集者は和川忠次郎・鳥羽源蔵・染谷徳五郎となっている。現在までほかに産地が知られていないので、早池峰山固有種となっている。なお近縁種が中国西部からヒマラヤに渡って分布しているようである。イブキトラノオに比べて全体に小さく、根葉の柄に翼を持たないので区別される。

Written by 村井三郎

2017年05月25日(木)

松崎

まつざき

遠野盆地を流れる早瀬川を境に市街地遠野町の対岸に位置する旧村。1889年(明治22)町村制施行により松崎村となり、1954年(昭和29)の町村合併で遠野市に編入。阿曽沼氏時代初期、この地の光興寺に横山城があった。市内有数の水田地帯であり、高清水山ろく一帯ではホップ・果樹・葉タバコ栽培も盛ん。またバイパス開通によって白岩地区の市街化が急速に進行している。木彫日本一の観音像で有名な福泉寺がある。

Written by 菊池啓

2017年05月24日(水)

北上舟唄

きたかみふなうた

北上の水上交通は、鉄道開通以前の交通主動脈として、石巻-盛岡間を浅瀬用の川舟が上下していた。その舟方によって歌われたもので、下り舟唄(うた)の歌詞は、「坊主石ヤヨホエ川原がけ回りゃ番の台エンヤ銚子口事なく過ぎて薄衣(うすごろも)音にきくヤヨホエ黄海の宿(しゅく)の七日町エンヤ」などと地名が歌い込まれている。

Written by 鷹觜洋一

2017年05月23日(火)

専立寺

せんりゅうじ

盛岡市名須川町。騎雲山。真宗大谷派。開基は平好覚。1186年(文治2)浄土宗を開いた法然の門弟となり、奥州を巡り、福岡字村松(現二戸市)に庵(いおり)を結んだ。9代目円覚の天正年間(1573〜1592)盛岡三ツ割に移り、真宗となった。本尊は阿弥陀(あみだ)如来像で慈覚大師作といわれる。大坂冬の陣の絵図がある。

Written by 日野岳浩