第484回番組審議会・議事概要

日 時: 平成16年1月22日(木) 午前11時〜12時30分
場 所: IBC放送会館 大会議室
委員の出席: 出席委員数 8名
出席委員の氏名
委員長
石川 桂司
委  員
阿部 价男、熊谷 志衣子
小苅米 葉子、佐藤 潤次郎
中原 志郎、山崎 文子
吉沢 正則
会社側出席者:

小西社長、阿部専務、佐藤常務、
川島業務局長、井上技術局長、
村上報道制作局長、関制作部専任部長、
角館制作部副部長、金谷番審事務局長

議 題: テレビ「あの日あの時〜いわて140万人の映像記録」
ラジオ「ラジオが伝えた岩手の半世紀」


<委員の主な発言>

・テレビ「あの日あの時〜いわて140万人の映像記録」
1回目はストーリー性を持ったものが多く、2回目は年ごとのドキュメント中心の展開で、何か意図があったのでしょうか。単なる古い話の回想ではなく、次の世代に何かをのこしておこうということも欲しかった。
テレビは時代の生き証人であり、年月を経て学び取るものも多く、60年代のドキュメントには純粋でひたむきな岩手の人々の姿があり日本の原点を見るようでした。
人の優しさとか、厳しさの中の心のふれあいのようなシーンがいっぱいありました。グレートサスケさんは、若い頃は素顔で出ていたようですが、今回もそのままの素顔でよかったのではないでしょうか。 
IBCが先駆けて中国残留孤児問題を取り上げたことはすごい問題提起をしていたと思うし、国がその後から動いたと知って驚きました。昭和の表記がないことが気になりました。
前編、後編とも前半はNTTのCMでしたが、内容が回顧的で番組にマッチしていました。後半は提供社が多いせいか細切れの印象を受けました。
50年間という長きにわたり、IBCの果たした役割の素晴らしさに感動しました。これはIBCの財産ではなく岩手の財産だと思います。
貴重な歴史資料、出来事などがたくさん出ていて感動し、印象に残りました。「岩手に生きる」シリーズのような骨太な番組の復活と、岩手の歴史教育に役立つような映像化、ライブラリー化を是非推し進めていただきたい。 

・ラジオ「ラジオが伝えた岩手の半世紀」
リスナーの投書や、IBCラジオと私ということで、双方向性が感じられました。ローカルに徹し、聴取者との距離が非常に近く、ラジオにはメディアとしての草創期の志がまだ維持されているのではないか。
今火事が発生したなどを生で伝えており、リアルタイムで臨場感があり、当時いいことをやっていたと思いました。ラジオの初心のようなものかとおもいます。


<局 側>
・テレビ「あの日あの時〜いわて140万人の映像記録」
基本的には1回目も2回目もコンセプトが違うことはありません。前半は1953年〜73年までの20年間で高度成長の中で岩手がどんどん変っていく郷土史そのものであり、学校での授業としても面白いだろうと思います。後半は自分の実体験も含めて歴史の捉え方や新鮮度がまた違ったのかもしれず、それがトーンの違いとなったのかもしれません。
グレートサスケさんに関しては、本人とも相談したところ、去年の騒動云々があるので、高校時代とはいえ顔を出すといろんな問題があるということで画像処理をしました。
昭和の表記がなくてわかりにくいとの指摘はスタッフからもあり、要所要所には併記していますが、ほとんどは西暦で統一しています。
ドキュメンタリーの復活に関しては、営業的に大変苦労しますが、今度の番組でいい仕事をしてきたというのは、ドキュメントの精神がずっとあったからであり、せめて月1回でも30分,1時間の番組を作り、岩手を記録し続けなければならないと論議しています。ライブラリーに関してもみなさんの財産であるという意識は変りませんので、県民のみなさんにオープンにして見てもらうことも含めて検討しなければならない課題だと思っています。 

・ラジオ「ラジオが伝えた岩手の半世紀」
50周年とはIBCラジオの50年と捉えており、「ラジオが伝えた岩手の半世紀」のタイトルにすべてを込めたつもりです。委員の方からはツーウエイがいいと言っていただきましたが、「IBCラジオと私」という募集をかけましたら、思った以上の数と内容のお便りをいただきました。IBC50年というこちらの思い入れだけでなく、やはり岩手県民とともにあった50年であったんだと思い知らされました。


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